ええじゃないか

ええじゃないか：幕末の民衆熱狂

「ええじゃないか」とは、江戸時代末期の慶応3年（1867年）に、近畿地方、四国、東海地方を中心に発生した民衆騒動です。この騒動は、天から神札が降ってくるという噂が広まったことをきっかけに、民衆が「ええじゃないか」という囃子言葉を連呼しながら、仮装をして集団で踊り歩いたというもので、社会現象となりました。

騒動の発生と特徴

騒動の発端は、「天から御札が降ってくる、これは慶事の前触れだ」という噂でした。この噂が広まると、人々は我先にと仮装し、「ええじゃないか」と叫びながら町を練り歩き、熱狂的に踊りました。この騒動は、大政奉還や王政復古の大号令といった、幕末の激動期と同時期に発生しています。

通常の伊勢神宮へのおかげ参りとは異なり、「ええじゃないか」では、地域で信仰されている社寺の御札が降ったため、多くの場合、その場で祭祀が行われました。御札が降ると、人々は藩に届け出た上で、屏風を立てたり、笹竹で家を飾ったり、酒や肴を供えたりして、地域全体で御札を祀りました。名古屋では、御札降りの後の祭事が7日間も続き、その間は日常生活が麻痺するほどでした。

騒動の目的

「ええじゃないか」の目的は明確には定まっていません。一般的には、囃子言葉とともに当時の政治情勢が歌われたことから、世直しを求める民衆運動であったと考えられています。一方で、倒幕派が国内を混乱させるために引き起こした陽動作戦であったという説も存在します。

歌われた歌詞

『岩倉公実記』によると、京都では「ヨイジャナイカ、エイジャナイカ、エイジャーナカト」と叫ばれていたと記録されています。また、「ええじゃないか」という言葉自体も、京都で叫ばれていたものが起源とされています。各地では、その土地の状況や心情を反映した歌詞が作られ、歌われました。例えば、

「今年は世直りええじゃないか」（淡路）
「日本国の世直りはええじゃないか、豊年踊はお目出たい」（阿波）
「御かげでよいじゃないか、何んでもよいじゃないか、おまこに紙張れ、へげたら又はれ、よいじゃないか」（淡路）
「長州がのぼた、物が安うなる、えじゃないか」（西宮）
「長州さんの御登り、えじゃないか、長と醍と、えじゃないか」（備後）

といったものがあります。

島崎藤村の『夜明け前』には、以下のような歌詞が記述されています。


ええじゃないか、ええじゃないか
挽いておくれよ一番挽きを
二番挽きにはわしが挽く
ええじゃないか、ええじゃないか

ええじゃないか、ええじゃないか
臼の軽さよ相手のよさよ
相手かわるなあすの夜も
ええじゃないか、ええじゃないか

ええじゃないか、ええじゃないか
こよい摺る臼はもう知れたもの
婆々さ夜食の鍋かけろ
ええじゃないか、ええじゃないか



これらの歌詞からは、世直しへの期待や、社会への不満、性的な解放を求める感情など、当時の民衆の様々な思いが読み取れます。

お蔭参りとの関連性

「ええじゃないか」と関連付けられる現象として「お蔭参り」があります。お蔭参りとは、神札が降るなどの神異の噂をきっかけに、人々が奉公先から抜け出して伊勢神宮へ参詣する現象で、江戸時代に約60年周期で発生しました。

お蔭参りは、元和3年（1617年）、慶安年間（1648年 - 1652年）、宝永2年（1705年）、明和8年（1771年）、文政13年・天保元年（1830年）と、定期的に繰り返されました。明和のお蔭参りでは、300～400万人が伊勢に殺到したと記録されており、文政13年のお蔭参りでは、3ヶ月で約500万人が伊勢に押しかけました。お蔭参りの際には、大商人たちが店舗や屋敷を開放し、弁当や草鞋を配るなどの支援を行いました。

研究の歴史

「ええじゃないか」に関する研究は、山口吉一の『阿波えゝぢやないか』（1931年）が最も古い文献です。この文献では、世直しへの願望が指摘されています。その後、藤谷俊雄の『「おかげまいり」と「ええじゃないか」』（1968年）では、慶応3年8月が尾張での最初の発生であると指摘され、お蔭参りとの関連性が示唆されました。

発祥地に関する諸説

「ええじゃないか」の発生地については、以下のように複数の説が存在します。

京阪発祥説:
岩倉具視や福地源一郎などの同時代人の証言、近畿地方の史料に基づく説。
『岩倉公実記』には、8月下旬に始まり、12月9日の王政復古の大号令で終息したとの記述がある。
福地源一郎は、大坂で「ええじゃないか」を目撃し、京都の人々が人心を騒がせるために仕組んだ計略という噂があったと記している。
『西宮市史』では、京都から始まり、大坂に移動したとされている。
東海地方発祥説:
比較的新しい説で、発生時期が京阪説よりも早いと主張する。
尾張名古屋説が発表されて以降、静岡県磐田市、愛知県豊川市、愛知県豊橋市など近隣地域で起源論争が起こっている。

豊橋市説:
「森田家文書」の「留記」によると、慶応3年7月14日に「御祓い」が行われ、これが伊勢神宮の札であるとする。
名古屋市説:
アニメ『まんが日本史』や『日本国語大辞典』で名古屋が発祥とされている。
田村貞雄の著書には、1867年3月18日に名古屋で伊勢内宮の御札が降ったという記述がある。
豊川市説:
平凡社マイペディアでは、慶応3年8月4日に東海道の御油宿（愛知県豊川市御油）に秋葉神社の火防の札が降下したのが最初とする。

まとめ

「ええじゃないか」は、御札降り、ええじゃないかという掛け声、御蔭参りなど、複数の要素が複雑に絡み合った現象です。西日本では「ええじゃないか」という掛け声が共通して見られるのに対し、東海地方では御札降りや狂乱騒動が共通点とみなされています。また、世直しへの願望については、西日本が顕著です。このように、発生場所や背景によって、「ええじゃないか」の捉えられ方や解釈が異なることが、この騒動の複雑さを示しています。

「ええじゃないか」は、単なる騒動としてだけでなく、当時の社会情勢や民衆の意識を映し出す鏡として、歴史的に重要な意味を持っています。

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