おおぐま座イプシロン星

おおぐま座を構成する恒星の一つであるおおぐま座ε星は、夜空でよく知られたアステリズム「北斗七星」を形成する星の一つです。この星は肉眼でも容易に見つけられる2等星の明るさを持っています。

北斗七星は、その名の通りひしゃくの形をしていますが、ε星はその柄の部分から数えて5番目に位置しています。この位置に基づいて、バイエル符号ではε星と名付けられました。この星は、単なる明るい点ではなく、興味深いいくつかの物理的特徴を持っています。

おおぐま座ε星は、「りょうけん座α2型変光星」に分類されるタイプの星です。この分類の星は、スペクトルに特異性を示すことが特徴で、おおぐま座ε星のスペクトル分類に付記される「p」は、peculiar（特異な）であることを示しています。このスペクトルの特異性は、星を構成する元素全体ではなく、恒星の表面に近い薄い大気層に含まれる特定の元素が、重力や放射圧によって偏って分布していることに起因します。このような元素の偏りは、星の持つ強い磁場と密接に関連しています。

この星の磁場と化学組成の分布は一様ではなく、星が5.1日という周期で自転するにつれて、地球から観測されるスペクトルや明るさが周期的に変化して見えます。ただし、その光度変化は非常に小さいため、一般的な眼視観測で明るさの変化を捉えることは困難です。おおぐま座ε星の場合、自転軸に対して磁場軸がおよそ90度近く傾いており、特定の元素、特にクロムが集中している領域が、星の赤道帯から直角方向の領域に存在すると考えられています。このタイプの変光星としては、おおぐま座ε星の磁場は特別強い部類ではありません。例えば、同じタイプの星であるりょうけん座α2星と比較すると、その強さは15分の1程度です。しかし、それでも地球の磁場の強さと比べると、100倍以上の非常に強力な磁場を持っています。

近年の研究では、おおぐま座ε星に見られる約5.1日周期の光度変化が、星の自転による表面の変化だけでなく、伴星の存在によって引き起こされている可能性も示唆されています。この伴星は、木星のおよそ14.7倍の質量を持ち、軌道離心率e=0.5というやや歪んだ楕円軌道を周回しているかもしれません。もし存在するとすれば、主星からの平均距離は約0.055天文単位となります。これはあくまで可能性の一つとして提案されている段階ですが、この星の複雑な性質を解明する鍵となるかもしれません。

また、おおぐま座ε星は、広く拡散した恒星の集まりである「おおぐま座運動星団」に属していると考えられています。これは、これらの星がかつて同じ場所で誕生し、現在も宇宙空間をほぼ同じ方向に移動していることを示唆しています。

おおぐま座ε星は「アリオト (Alioth)」という固有名でも知られています。この名前の語源については諸説あり、アラビア語で「尾」を意味する「al-ayyūq」に由来するという説や、「黒い馬（または牛）」を意味する「al-jaun」が転訛したものという説などがあります。この固有名Aliothは、2016年6月30日に国際天文学連合（IAU）の恒星の命名に関するワーキンググループ（Working Group on Star Names, WGSN）によって正式に承認されました。中国の古い文献においても、この星は異なる名称で呼ばれており、例えば『史記』の「天官書」では「玉衡（ぎょくこう）」、唐代の密教経典『仏説北斗七星延命経』では「廉貞（れんじょう）」とされています。

このように、おおぐま座ε星アリオトは、北斗七星の一員として親しまれるだけでなく、その内部構造や物理的な振る舞いにおいて、強い磁場、特異なスペクトル、そして伴星の可能性など、現代天文学の観点からも非常に興味深い特徴を持つ恒星です。

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