くそくらえ節

フォークシンガー、岡林信康が1960年代後半に発表した楽曲。当時の権力や社会体制に対する痛烈な批判を込めた歌詞と、強いインパクトを持つタイトルから、初期の日本社会派フォークソングを象徴する一曲として知られる。

楽曲誕生の背景

この楽曲が生まれた背景には、フォークシンガー高石友也の存在があった。岡林は当初、高石について詳しく知らなかったものの、彼が自身と同じく大学在籍中に日雇い労働者の街（高石は釜ヶ崎、岡林は山谷）に関わっていたと聞き、強い関心を抱く。高石が出演する「反戦フォークの夕べ」の実行委員を務める中で、彼の歌を聴き、その歌唱技術以上に、自身の考えや感情を率直に歌にするスタイルに感銘を受けた。

この体験が、岡林に自らも歌を作りたいという衝動を掻き立てた。友人の所有するギターを借り、高石のアルバムを聴きながらコード進行などを独学で習得し、少しずつ楽曲制作に取り組んだ。そうして生まれた初期の作品群の一つが「くそくらえ節」であった。

再び高石を招くことになった草津キリスト教会の牧師に対し、飛び入りでの出演を懇願する中で、岡林は自作の歌を披露した。しかし、他の曲は「どれもこれもつまらん」と酷評される。その場でやけっぱちになり披露したのがこの「くそくらえ節」だったところ、「これがおもしろい」と評価され、本番で歌うことになった。本番では、招聘された高石よりも観客の大きな反響を呼び、その場に居合わせた高石音楽事務所の秦政明から歌手として誘われる運びとなった。

発売中止とデビュー曲変更

デビュー前から各地のステージで高い評価を得ていたことから、レコードデビューの計画が具体化する。1968年、最も条件が良かったとされているビクターレコードと契約を交わし、同年4月初旬にMBSのスタジオでレコーディングが行われた。

当初の計画では、「くそくらえ節」をA面に、「山谷ブルース」をB面に収録したシングル盤として、5月15日から大々的に売り出す予定だった。しかし、発売直前になって、レコード倫理規定委員会から待ったがかかる。問題視されたのは、歌詞に含まれる「思想的偏向性」（国家権力や政治家に対する風刺）と、何よりもタイトル「くそくらえ節」そのものだった。

タイトルの問題については、「ほんじゃまあおじゃまします」へと改題することで一度は対処が試みられた。しかし、歌詞、特に政治家を批判する内容が、近々行われる参議院選挙に影響を与えかねないとして、歌詞の見直しも求められる事態となった。結局、歌詞の修正と見本盤の制作まで進められたものの、政治的な影響を懸念した結果、このシングル盤（規格番号SV-1019）は発売中止という結末を迎える。

このため、岡林信康のメジャーデビュー曲は、急遽B面に収録予定だった「山谷ブルース」がA面となり、「友よ」をB面に配したシングル盤（ビクター SV-1025）に変更されて発売された。

URCからのリリースと放送禁止

ビクターでの発売中止決定に対し、高石音楽事務所の秦政明は、歌詞は特定の個人を誹謗したものではなく、落語家でもこれくらいのことは言っている、過剰な規制は表現の自由を阻害すると主張。もし発売が不可能なら自主流通も辞さない構えを示した。そして、翌年、秦が立ち上げた自主レーベルであるURCレコードから、「くそくらえ節」は改めてシングル盤として発表された。

URC盤はライブ録音音源を収録し、B面には同じく岡林の楽曲「がいこつの唄」が収められた。この7インチシングル盤は異例の仕様で、約8分と収録時間の長いA面「くそくらえ節」はLP盤と同じ33 1/3回転、対する約3分半のB面「がいこつの唄」は通常の45回転でカッティングされていた。

しかし、URC盤のリリース後も、「くそくらえ節」を巡る波紋は収まらなかった。1969年8月21日、日本民間放送連盟は本楽曲を要注意歌謡曲に指定、事実上の放送禁止とした。その理由は、「題名自体が下品」であることに加え、歌詞の内容が「一方的な発言が多く、国家の誇りを傷つけ、個人、職業などをそそしるものとして」問題があるとされた。この時期には、岡林の他の社会派楽曲も同様に要注意歌謡曲に指定されている。

後世への影響と記録

「くそくらえ節」は、その内容と誕生から発売、そして放送禁止に至るまでの波乱に満ちた経緯を通じて、当時の社会情勢や表現規制のあり方を映し出す鏡のような存在となった。楽曲の詳細については、1969年に出版された書籍『フォークは未来をひらく』の中で、岡林自身が解説を寄せている。

フォークシンガーでありタレントのなぎら健壱は、幻に終わったビクター盤の改題シングル「ほんじゃまあおじゃまします」を所有しており、自身の著書『日本フォーク私的大全』の中でそのジャケット写真を掲載している。このことからも、この発売中止盤がいかに音楽史的な関心を集める存在であるかが伺える。

URC盤の「くそくらえ節」および「がいこつの唄」は、後年発売されたコンピレーションアルバム『岡林信康URCシングル集+8』（2009年）や、ベストアルバム『岡林四十五景〜デビュー45周年記念ベスト盤』（2013年）にも収録され、現在でもその音源を聴くことが可能である。また、『岡林信康URCシングル集+8』には、発売中止となったビクター盤に収録予定だった「ほんじゃまあおじゃまします」バージョン（曲の冒頭に「ほんじゃまあおじゃまします」という語りが入る）も収められている。

この楽曲は、単なる歌にとどまらず、表現の自由、社会批判、レコード業界の自主規制、そしてフォークソングが社会に与えた影響といった多角的な側面から語られることの多い、日本の音楽史における重要な一曲である。

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