くだんのはは

小松左京『くだんのはは』解説

『くだんのはは』は、SF作家として名高い小松左京が手掛けた異色のホラー短編です。1968年に発表されて以来、その独特な世界観と恐怖描写で多くの読者を魅了し、アンソロジーにも多数収録されています。作者自身の戦争体験が色濃く反映された本作は、単なる怪談としてだけでなく、戦争の暗部や人間の業を描き出した作品としても評価されています。

あらすじ

物語は、昭和20年6月、阪神大空襲で家を失った少年・良夫が、かつての家政婦・お咲のつてで、芦屋の屋敷に身を寄せる場面から始まります。屋敷には、お咲と病を患っているという姿を見せない少女、そしてその母親である「おばさん」が住んでいます。戦況が悪化する中でも豊かな暮らしを送る屋敷に違和感を覚えつつも、良夫は日々の生活に追われます。

しかし、屋敷では奇妙な出来事が次々と起こります。誰かの視線を感じたり、すすり泣く声を聞いたり、お咲が血のようなものが盛られた皿を運んだり。おばさんは、良夫の疎開先が広島であることを心配したり、不吉な予言を口にしたりします。そして終戦の日、良夫はついに屋敷の奥に隠された異形の存在を目にしてしまうのです。

それは、牛の頭を持つ少女でした。おばさんは、その少女が予言によって家を守る守り神であり、先祖が虐げてきた農民たちの怨念が形になった「劫」であると語ります。そして、良夫に不幸が起こるから、この事を他言しないようにと告げるのでした。

22年後、社会が再び不穏な空気に包まれる中、良夫はあの時お咲が運んでいた皿の正体を思い返します。そして、他言無用を守っていたにもかかわらず、生まれた娘の頭に、あの少女と同じ角が生えていることに気づくのです。

作品の魅力

戦時下の異様な空気感: 空襲、食糧難、人々の不安といった戦時下の状況が、屋敷の不気味な雰囲気と相まって、読者に息苦しいほどの圧迫感を与えます。
異形の存在: 牛頭の少女という異形の存在は、見る者に強烈な印象を与え、物語全体に不穏な影を落とします。その正体が守り神であり、怨念の象徴でもあるという二面性も、作品の深みを増しています。
* 恐怖の連鎖: 良夫が見たものは、22年後に娘へと受け継がれ、恐怖は世代を超えて連鎖していきます。この絶望的な結末は、読者の心に深い爪痕を残します。

タイトルに込められた意味

作品タイトルの「くだんのはは」は、様々な解釈が可能です。一つは、予言をする獣人「件（くだん）」と母親を重ね合わせたもの。もう一つは、靖国神社のある「九段」とのダブルミーニングです。後者の解釈では、国のために命を捧げた人々を祀る靖国神社の裏側で、虐げられた人々の怨念が渦巻いているという、国家の欺瞞を暴き出す意図が込められているとも考えられます。

漫画化・朗読

本作は、石森章太郎、萩原玲二、児嶋都によって漫画化されています。また、白石加代子や橋爪功による朗読劇も上演されており、様々な形でその世界観が表現されています。武川智美によるAudible版朗読も公開されています。

まとめ

小松左京の『くだんのはは』は、戦争の記憶、異形の存在、そして人間の業を描いた、忘れがたいホラー作品です。読後、あなたはきっと、日常に潜む不気味な影を感じることでしょう。

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