この人を見よ (コレッジョ)

『エッケ・ホモ』（「この人を見よ」）は、イタリア・ルネサンス期の画家コレッジョが1525年から1530年頃に描いた油彩画です。この作品は、新約聖書「ヨハネによる福音書」19章に記述される、イエス・キリストが捕らえられ、群衆の前に引き出された受難の場面を主題としています。

主題の背景

最後の晩餐後、キリストはオリーブ山で捕らえられ、総督ピラトのもとに連行されます。ピラトはキリストに罪がないと判断しますが、過越の祭りの慣例で囚人を一人釈放する権利を利用し、群衆にキリストと盗賊バラバのどちらを釈放するかを問います。群衆はバラバを求め、ピラトはキリストを鞭打ち刑に処します。兵士たちは茨の冠をキリストに被せ、紫の衣を着せ、嘲笑しました。そしてピラトは、傷つき辱められたキリストを群衆の前に引き出し、「この人を見よ」と告げるのです。しかし、祭司長たちはキリストを十字架にかけるよう要求し、最終的にピラトは群衆の圧力に屈し、キリストを彼らに引き渡すことになります。

作品の構成と特徴

コレッジョはこの場面を、群衆の前に連れ出されたキリストを中心に描いています。キリストは両手を縛られ、茨の冠を被り、紫の衣をまとっています。その表情は鑑賞者を見つめ、深い哀愁と慈悲を懇願するような痛ましい感情を表現しています。画面左には、黄色い衣服とターバンを身に着けたピラトが立っており、鑑賞者を見ながら右手を挙げています。このピラトの身振りは、彼が「この人を見よ」と語りかけている場面を象徴しています。さらに、画面の背後では、聖母マリアが気を失い、福音記者聖ヨハネが彼女を支えている姿が描かれています。聖母マリアがこの場面で気を失う描写は、聖書には記述されていませんが、他の同主題の絵画にも見られる表現です。画面右側には、キリストを敬意をもって見つめる兵士が描かれており、この兵士がキリストの神性を認めた百人隊長ロンギヌスではないかとする説もあります。

この作品は、ルネサンス期に多く描かれるようになった「エッケ・ホモ」の主題を扱っています。この主題の描写は、茨の冠を被ったキリストの頭部や上半身のみを描いたものと、物語全体を舞台設定とともに描いたものの二つに大きく分けられます。コレッジョの作品は後者に属しますが、より複雑な構図を用いています。

コレッジョは特に、キリストの視線とピラトの身振りを鑑賞者に向けて描いています。ピラトが鑑賞者に語りかけるように描かれているため、鑑賞者は群衆の役割を担うことになります。これにより、鑑賞者は絵画の世界に引き込まれ、受難の場面に立ち会うような感覚を味わうことができるのです。

この構図は、コレッジョが1520年代初頭、特に登場人物の「魂の動き」に高い関心を持って制作していたことを示唆しています。ナショナル・ギャラリーは制作年代を1520年代後半としています。

構図の源泉としては、アンドレア・マンテーニャの『この人を見よ』や、アルブレヒト・デューラーの版画『この人を見よ』、そして同じくデューラーの『小さな銅版画受難伝』の「柱のそばの悲しみの男」などが挙げられます。X線調査により、コレッジョが制作過程でキリストのポーズや表情を何度も修正したことが明らかになっています。

来歴と影響

この作品の初期の来歴は不明ですが、1587年にはパルマのプラティ家のコレクションの一部であったことが記録されています。その後、ローマのコロンナ家、ナポリ王フェルディナンド4世、ジョアシャン・ミュラ（ナポレオンの妹カロリーヌの夫）へと所有者が移り変わりました。ミュラの失脚後、彼の未亡人カロリーヌは絵画をウィーンに持ち込み、アイルランド貴族のロンドンデリー侯爵に売却しました。ナショナル・ギャラリーは1834年にロンドンデリー侯爵からこの絵画を購入しました。

この作品は制作当初から高い評価を受けていたようです。パルミジャニーノは、ローマに移る以前から本作の構図に精通していたらしく、彼の素描にその影響が見られます。また、フランチェスコ・マリア・ロンダーニは本作に触発され、パルマ大聖堂のフレスコ画に茨の冠を被り両手を縛られたキリストを描いています。

本作の複製も多く制作されており、ナショナル・ギャラリーや他の美術館にも所蔵されています。アゴスティーノ・カラッチをはじめとする多くの画家によってエングレーヴィングも制作されています。また、コレッジョが最初に描いた構図を反映した版画も残されており、それらはパルミジャニーノが見た構図であった可能性も指摘されています。

『エッケ・ホモ』は、コレッジョの卓越した描写力と構図の妙が際立つ作品であり、ルネサンス美術における重要な作品の一つとして広く知られています。

もう一度検索