この人を見よ (ボス、シュテーデル美術館)

『エッケ・ホモ』（Ecce Homo）は、「この人を見よ」という意味のラテン語で、新約聖書に記されたイエス・キリストの受難の場面を描いた絵画です。初期フランドル派の巨匠ヒエロニムス・ボスによって1490年頃に制作され、現在はフランクフルトのシュテーデル美術館に所蔵されています。

作品の詳細

この作品は、ローマ議会の議員によって裸にされ、民衆の前に引き出されたイエス・キリストを描いています。イエスは茨の冠を被り、両手を縛られた状態で、群衆から嘲笑と野次を浴びています。肌には鞭打ちの跡が生々しく残り、キリストの苦痛が強調されています。

画面には、ピラトの「この人を見よ」という叫び、それに対する群衆の「十字架につけろ」という応答、そして左下には「救ってください、救世主キリスト」という言葉が、ブラックレターの碑文として書き込まれています。これらの碑文は、バンデロール（装飾）のように機能し、物語の進行を示唆しています。

ボスの特徴的な表現として、画面には象徴的なイメージが散りばめられています。ピラトの上にはフクロウが配置されており、これはキリスト教の図像で伝統的に悪の象徴とされています。また、兵士の盾には巨大なヒキガエルが描かれており、不吉な雰囲気を醸し出しています。エルサレムの風景は、後期ゴシック様式のオランダの町並みを模しており、前景の群衆との間に強いコントラストを生み出しています。

作品の特徴と解釈

『エッケ・ホモ』の主題は、ルネサンス以前にはあまり取り上げられていませんでしたが、ボスはこの場面を描いた最も初期の画家の一人として知られています。この作品では、キリストは完全に人間として描かれ、屈辱的な仕打ちを受ける姿が強調されています。美術史家マイケル・ウォートンは、同時代の判断が「欠陥があり、盲目的で、私利私欲に引き裂かれている」という暗黙の結論を示していると指摘しています。盛期ルネサンス以降の描写では、キリストの英雄的な犠牲に焦点が当てられることが多く、嘲笑する群衆が排除されることもありますが、この作品はより初期の解釈を踏襲しています。

ボスの生涯については詳しいことはわかっていませんが、この作品は人物像が比較的単純であり、主題的に同時期の他の作品と類似していることから、1475年から1480年頃に制作されたと考えられています。人物の顔立ちや体型は当時のオランダ絵画に典型的な要素を含んでいますが、その体つきは厚着の下に実体がないように見えます。近年の年輪年代学的調査では、制作時期は1475年から1485年の間であるという結果が出ています。

ボス研究保存プロジェクト（BRCP）の調査により、ボスがアズライト、鉛錫黄、ヴァーミリオンなどのルネサンス期の一般的な顔料を使用していたことが明らかになりました。また、赤と緑のグレーズや金箔も使用されています。

来歴

この絵画は、19世紀後半にベルギーのデッラ・ファイユ家にあったことが記録されています。その後、1889年にクロンブルッヘ＝ペイク男爵、1899年には詩人モーリス・メーテルリンクの兄弟であるルイ・メーテルリンクが所有しました。1902年には、ドイツの政治経済学者・美術収集家リチャード・フォン・カウフマンがルイ・メーテルリンクのコレクションから取得し、カウフマンの死後、1917年にシュテーデル美術館に購入されました。

影響

16世紀には、この作品の複製がいくつか制作されており、そのうちの一つはアムステルダム国立美術館に所蔵されています。また、ロンドンの美術商パーシー・モア・ターナーが所有していたバージョンも知られています。

ヒエロニムス・ボスの『エッケ・ホモ』は、キリストの受難という宗教的なテーマを、ボスの独特な視点と表現で描き出した傑作です。そのグロテスクな描写と象徴的なイメージは、見る者に深い印象を与え、中世末期の社会や信仰、人間の内面を映し出す鏡とも言えるでしょう。

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