さすらい人幻想曲

フランツ・シューベルトが1822年に作曲したピアノ独奏曲に、「幻想曲 ハ長調 作品15, D 760」があります。この作品は、自作の歌曲『さすらい人』（D 489）から旋律が引用されていることから、「さすらい人幻想曲」の愛称で広く知られています。

本作は、シューベルトが『未完成交響曲』のスケッチを中断した直後の1822年後半に書かれました。特に第2楽章の主題が歌曲『さすらい人』からの引用であり、また全4楽章がこの歌曲の主題やリズムに基づいて構成されていることが、愛称の由来です。この幻想曲は、シューベルトのピアノ作品の中で最も演奏が難しいとされる一つです。シューベルト自身も演奏に苦労し、苛立ちから「悪魔にでも弾かせてしまえ」と語ったという逸話が残されています。特にアルペッジョ（分散和音）が多用されており、その技巧的な要求は突出しています。

楽曲は全体で4つの楽章からなりますが、すべての楽章が切れ目なく連続して演奏されるという特徴的な構成を持っています。演奏時間はおよそ20分です。「幻想曲」というタイトルながら、古典的なソナタに近い構造を持ちつつ、自由な形式を取り入れた作品です。この革新的な形式は、後のフランツ・リストが単一楽章の『ピアノソナタ ロ短調』などを作曲する上で大きな影響を与えたとされています。

各楽章は以下の通りです。

第1楽章：アレグロ・コン・フォーコ
ハ長調、4分の4拍子、ソナタ形式。歌曲『さすらい人』の主題に見られるダクチュルリズム（長＋短短）を基にした、力強い祝祭的な主題が特徴です。ホ長調の第2主題もこのリズムに基づいています。

第2楽章：アダージョ
嬰ハ短調、2分の2拍子、変奏曲形式。歌曲『さすらい人』の悲愴的な旋律が主題。リストはこの楽章を「非常に遅く、心の底から感傷的に」弾くべきだと評しました。変奏を重ねつつ、流れるように次楽章へ移行します。

第3楽章：プレスト
変イ長調、4分の3拍子。第1楽章主題のリズムを強調した、スケルツォ風の活気ある楽章です。終楽章へ連続します。

第4楽章：アレグロ
ハ長調、4分の4拍子。技巧的で華やかなフィナーレ。冒頭では、第1楽章主題がフーガのように再現され、全曲を通じて、特に左手のアルペッジョが難所です。

本作はリストに影響を与え、彼自身もピアノ協奏曲版（管弦楽伴奏、S. 366）、2台ピアノ版（S. 653）、演奏しやすい校訂版（S. 656a）を作成しました。これらの編曲によって、この作品はさらに広く知られるようになりました。

シューベルトの「さすらい人幻想曲」は、抒情性と超絶技巧、そして革新的な形式が見事に融合した傑作です。演奏には高い壁がありますが、聴く者には忘れがたい感動を与え、ピアノ音楽史における重要な位置を占めています。

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