じじぬき

「じじぬき」：老い、家族、そして人生の選択

藤子・F・不二雄（藤本弘）による読み切り漫画作品「じじぬき」は、1970年に『ビッグコミック』に掲載され、後に加筆修正の上、複数の単行本に収録された作品です。一見ユーモラスな展開の中に、老い、家族、そして人生における選択という重いテーマが織り込まれており、読後には深い余韻が残ります。

物語の中心人物は、頑固で家族から疎まれている老人、穴黒厳三（ガンさん）です。同居する息子夫婦や孫たちとの間には深い溝があり、厳三の頑固さもその溝をさらに深めています。孫の孝夫から釣りを勧められたものの、雨で中止となり、その間に友人たちが勝手に部屋を使っていたことに激怒した厳三は、息子夫婦と大喧嘩。息子の「大人げない」という言葉に傷つき、逆上して再び釣りに出かけ、肺炎で亡くなってしまいます。

しかし、厳三の死は、妻の計らいによるものでした。先に亡くなっていた妻は、厳三を不憫に思い、天国の戸籍係に彼の死亡予定日を繰り上げてほしいと頼んでいたのです。天国で妻と再会した厳三は、最初は怒りを感じますが、すぐに和解。下界の様子を映すテレビを通して、家族や友人が自分の死を悲しみ、後悔している姿を見て、厳三は深い哀しみと、同時に愛を感じます。そして、戸籍係の制止を振り切って、下界に戻り、天寿を全うすることを決意するのです。

家族は彼の生還を喜びますが、厳三の性格は変わりません。再び家族から疎まれ、頑固さは増すばかり。孫娘とトランプで遊んだ際に、彼は怒りを爆発させ、息子に養育費と学費の全額を請求するとまで言い出します。この狂騒の最中、厳三は天国の戸籍係の前に立っていることに気づきます。それまでの出来事は、戸籍係が示した予知夢だったのです。

最終的に、厳三は生き返ることを諦め、妻と共に天国へ旅立ちます。下界では、家族が彼の墓参りをし、息子の妻は子供たちに「おじいちゃんを喜ばせるいい子になりなさい」と優しく語りかけている場面で物語は幕を閉じます。この結末は、一見皮肉めいていますが、同時に、家族の絆、そして人生の終わりに向き合うことの大切さを静かに伝えています。

この物語は、単なるユーモラスな老人ギャグにとどまりません。老後の孤独、家族間の複雑な関係性、そして死生観といった、普遍的なテーマを巧みに描き出しています。加筆修正を経て、より洗練された表現で伝えられるようになった「じじぬき」は、現代社会においても、依然として多くの読者に共感を呼び、考えさせる力を持った作品と言えるでしょう。

登場人物は、それぞれが個性を持ち、読者に強い印象を与えます。頑固で自己中心的だが、どこか憎めないガンさん、彼を理解しようと努力する息子、厳三を疎ましく思う息子の妻、無邪気な孫たち、そして温かく見守る妻。彼らを通して、複雑ながらも普遍的な人間関係が描かれており、物語の深みが増しています。

「じじぬき」は、藤子・F・不二雄作品の中でも異彩を放つ、奥深い読み応えのある作品です。ユーモアとシリアスの絶妙なバランス、そして普遍的なテーマは、読者に長く記憶に残る感動と、人生について改めて考える機会を与えてくれるでしょう。

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