ちょうちょう (唱歌)

唱歌『ちょうちょう』：国境を越えて愛される童謡

『ちょうちょう』は、誰もが一度は耳にしたことのある、日本で親しまれている童謡です。しかし、そのルーツは意外にも、欧米各国に伝わる歌に由来しています。

原曲はドイツの童謡「Hänschen klein」

かつてはスペイン民謡が原曲とされていましたが、現在ではドイツの古い童謡「Hänschen klein」（幼いハンス）が原曲であると考えられています。この曲は、ドイツ東部の教師フランツ・ヴィーデマンによって作詞されました。

歌詞には、子供たちが別れや旅立ち、悲しみからの立ち直りを経験するという教育的な意図が込められています。幼いハンスが旅立ち、7年の放浪の末に成長して故郷に戻るも、変わり果てた姿に誰も彼だと気づかない。しかし、母親だけはすぐにハンスだと recognitionするという内容です。このモチーフは、旅人が故郷に帰る物語として、ヨハン・ネポムク・フォーグルの詩『Das Erkennen』とも共通点があります。

ヴィーデマンはこの詩に、狩りの歌として知られていた『Fahret hin fahret hin』のメロディーを合わせました。この曲は1807年に出版されていますが、起源はさらに古く、18世紀初頭よりも前に成立したと考えられています。

アメリカでの広がりと伊沢修二による紹介

「Hänschen klein」は、アメリカでは「Lightly Row」というタイトルで、ドイツの歌詞とは異なる、ボートを漕ぐ様子を歌った歌として広まりました。19世紀前半には広く知られる童謡となり、1875年から1878年までアメリカに留学した教育学者・伊沢修二が、ブリッジウォーター師範学校でルーサー・メーソンからこの曲を教わり、日本へ紹介したと推測されています。

「Lightly Row」に対しては、小林愛雄が「軽く漕げ」というタイトルで英語の歌詞を日本語訳したものが存在します。

日本での独自の発展

伊沢修二が紹介した曲に、野村秋足が独自の歌詞を付け、1881年に文部省が発行した『小学唱歌集』初編に「第十七 蝶々」として掲載されました。ただし、この歌詞と似た詞の童謡や清元は江戸時代から各地で知られており、野村も愛知県岡崎市一帯で歌われていた童歌の歌詞を改作して「Lightly Row」の曲に当てたとされています。

また、東京師範学校の音楽教師であった稲垣千頴が2番を作詞し、1896年発行の『新編 教育唱歌集』では3・4番も追加されました。3番以降の作詞者は不明です。

曲については、伊沢が「原曲はスペイン民謡」として紹介したため、長らくそのように信じられていましたが、近年になりドイツ民謡が原曲であるとされています。

歌詞

一、（野村秋足作詞）
蝶々　蝶々　菜の葉に止れ
菜の葉に飽たら　桜に遊べ
桜の花の　栄ゆる御代に
止れや遊べ　遊べや止れ

二、（稲垣千頴作詞）
おきよ　おきよ　ねぐらの雀
朝日の光の　さきこぬさきに
ねぐらをいでて　梢にとまり
あそべよ雀　うたへよ雀

三、（1896年追加・作詞者不明）
蜻蛉（とんぼ）　蜻蛉　こちきて止まれ
垣根の秋草　いまこそ盛り
さかりの萩に　羽うち休め
止まれや止まれ　休めや休め

四、（三番に同じ）
燕（つばめ）　燕　飛びこよ燕
古巣を忘れず　今年もここに
かへりし心　なつかし嬉し
とびこよ燕　かへれや燕

1947年の改作

現在広く知られているのは、1947年に文部省が発行した『一ねんせいのおんがく』で、野村秋足が作詞した原曲を改作し、2番以下を廃止したバージョンです。これは、「栄ゆる御代に」というフレーズが皇室賛美と取られる可能性があったこと、2番以下の蝶と関係のない描写を排除し主題を明確にするためと解釈されています。

（1947年改作版）
ちょうちょう　ちょうちょう　菜の葉にとまれ
菜の葉にあいたら　桜にとまれ
桜の花の　花から花へ
とまれよ遊べ　遊べよとまれ

2010年には、保育士試験の課題曲にも選ばれました。

各国語版

この歌は、様々な国や地域の言葉に翻訳され、親しまれています。フランス、南アフリカ、イスラエルなどでは原曲の「幼いハンス」として、英語圏では「Lightly Row」、インドネシアでは「私の人形」、そして日本、朝鮮、台湾では「ちょうちょう」として歌われています。

唱歌『ちょうちょう』は、その美しいメロディーと親しみやすい歌詞で、時代や国境を越えて人々に愛され続けているのです。

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