つるふさの法則

「つるふさの法則」（ロシア語: лысый — волосатый）とは、ロシアにおける最高指導者の交代に関するユーモラスな見方、あるいはアネクドート（ジョーク）の一つです。帝政時代から現代に至る約200年間の歴史において、国家の最高権力者が禿頭（つる）の人物と、そうでない（ふさふさ、略して「ふさ」）の人物が交互に就任しているという観察に基づいています。別名「ハゲフサの法則」とも呼ばれます。

法則の内容

この法則の核心は、単に外見上の特徴が交互に現れるという点にとどまりません。さらに、それぞれの「つる」と「ふさ」の指導者には、その政治姿勢や権力の掌握・喪失の仕方に関して、あるパターンが存在するとされています。

つる（禿頭）：改革志向が強いとされます。しかし、その権力は比較的短命に終わるか、失脚や病といった予期せぬ形で権力の座を追われる傾向があるとされます。ロシアの作家ウラジーミル・ヴォイノヴィッチはこの「つる」を革命家や改革者になぞらえました。
ふさ（非禿頭）：保守的あるいは反動的であるとされます。しかし、「つる」とは対照的に、多くの場合、死去するまで権力を保持し続ける傾向があるとされます。

このように、「つる」と「ふさ」は外見だけでなく、その政治的な役割や権力の終焉の仕方においても対照的な特徴を持つと語られます。英タイムズ紙がロシア政治の分析において、この法則に言及したこともあります。

理論的な考察と「例外」

「つるふさの法則」は本質的にジョークであるため、毛髪の量に関する厳密な基準があるわけではなく、誰が「つる」で誰が「ふさ」であるかの分類は多分に主観的、あるいは恣意的に行われがちです。

レーニン以降のソビエト/ロシアの指導者で唯一の例外と見なされることがあるのが、ヨシフ・スターリン（ふさ）の死後、短期間首相を務めたゲオルギー・マレンコフ（ふさ）です。しかし、ソ連においてスターリン以降の最高指導者は共産党書記局を掌握した人物とされるのが一般的であり、マレンコフは書記局の名簿筆頭であったとはいえ、当時は書記長職が廃止されていました。彼は同輩中の筆頭という立場であり、しかも首相就任からわずか8日で辞任しています。さらに、彼は当時のフルシチョフ（つる）やヴォロシーロフと共に集団指導体制（いわゆるトロイカ体制）を目指しており、単独で最高権力者であったとは言えません。その後、フルシチョフによって追い落とされ、完全に失脚した経緯もあります。作家のウラジーミル・サフチェンコは、マレンコフの前に秘密警察を掌握していたラヴレンチー・ベリヤを最高権力者と見なすことで、法則が継続していると解釈しています。

また、マレンコフ自身の毛髪の変化も指摘されます。公開されている彼の写真を時系列で見ると、第二次世界大戦期には確かに「ふさ」でしたが、戦後は生え際が後退し、首相時代の写真では不自然なパーマをかけている様子がうかがえます。このことから、マレンコフ自身が時期によって「つる」と「ふさ」の両方の側面を持っていた可能性も指摘されています。

日本のテレビ番組『トリビアの泉』でこの法則が紹介された際には、2004年の大統領選挙でプーチン大統領（つる）が再選されることになれば法則が崩れる可能性が示唆されました。しかし、過去の指導者にも再選の例がある点には触れられておらず、法則の解釈としては限定的でした。

歴史と普及

「つるふさの法則」が最初に提唱された人物や正確な時期は定かではありません。しかし、この法則が広く知られるようになったのは、レオニード・ブレジネフ書記長（ふさ）の時代（停滞の時代）です。この頃には、考察の基盤となる歴代指導者の肖像資料が蓄積されており、また閉塞感のある社会状況がアネクドートを生み出しやすい土壌となっていたことが背景にあると考えられます。もともとはウラジーミル・レーニン（つる）から始まるとされます。

その後、作家のウラジーミル・サフチェンコがこの法則を発展させ、より詳細な分析や解釈を加えました。1990年代中頃、特に1996年のロシア大統領選挙で、共産党候補ゲンナジー・ジュガーノフ（つる）に対し、ボリス・エリツィン大統領（ふさ）が勝利したことは、このジョークに新たな展開をもたらしました。

現在のロシアにおいては、この法則は非常によく知られており、風刺（例えばミハイル・ザドルノフによるもの）やアネクドートの中で頻繁に用いられています。また、ニコライ2世退位後に一時的に権力継承の可能性があったミハイル大公や、後にロシア皇帝を称したキリル大公、あるいは1991年のソ連8月クーデターにおけるゲンナジー・ヤナーエフ副大統領など、最高権力者以外の人物にまで法則を当てはめて語られることもあります。

日本でも、ブレジネフ時代にはすでに一部で知られていました。それ以降、人々が次のロシアの最高指導者を冗談めかして予測する際に、この法則が引き合いに出されることがあります。片山まさゆきによるソ連を題材にしたギャグ漫画『ウォッカ・タイム』では、「ソ連最高指導者のハゲフサ理論」としてこの法則が登場しました。作中では、当時の書記長コンスタンティン・チェルネンコ（ふさ）が、次の書記長候補の中から外見に基づいてミハイル・ゴルバチョフ（つる）を指名するというエピソードが描かれ、漫画の連載中に実際にチェルネンコが死去しゴルバチョフが後任となったことで、この「理論」による予測が図らずも的中した形となりました。

「つるふさの法則」は、あくまでユーモラスなアネクドートであり、歴史や政治を厳密に分析するためのものではありません。しかし、ロシア社会における最高権力者交代への関心や、ユーモアをもって社会現象を捉える一例として、広く親しまれています。

類似の俗説としては、デンマーク国王のクリスチャンとフレゼリク（フレデリック）の交互即位説や、日本の源平交代思想などが比較対象として挙げられることがあります。

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