なだしお事件

なだしお事件は、1988年 7月23日に発生した、海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と遊漁船「第一富士丸」の衝突事故です。この事故により、「第一富士丸」は沈没し、多数の死傷者が出ました。この事件は、事故原因、救助活動の遅れ、そしてその後の隠蔽工作疑惑など、多くの問題点を提起し、社会に大きな衝撃を与えました。

事故の概要

発生日時と場所

発生日時: 1988年 7月23日午後3時38分
発生場所: 横須賀港東部海域 (北緯35度18分24秒、東経139度42分41秒)

事故の状況

当時、訓練を終えて帰港中だった海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と、新島へ向かう遊漁船「第一富士丸」が衝突しました。「第一富士丸」は沈没し、乗客・乗員48名のうち30名が死亡、17名が重軽傷を負うという大惨事となりました。

「なだしお」は、海上自衛隊のゆうしお型[[潜水艦]]で、排水量2250トン、乗員74名でした。「第一富士丸」は、154総トンの遊漁船で、全長28.5m、定員44名でしたが、事故当時は定員を大幅に超える48名が乗船していました。

事故後の問題点

この事故は、単なる海難事故としてだけでなく、以下の点で大きな問題となりました。

1. 救助活動の遅れ: 事故発生後の「なだしお」の救助活動が不十分であったと批判されました。生存者の多くは、他の民間船によって救助されました。
2. 海上交通ルール無視: 海上自衛隊艦船が、平素から海上交通ルールを無視した危険な航行をしていたとの指摘がありました。
3. 証拠隠蔽疑惑: 海上自衛隊が事故後の調査に非協力的で、航海日誌の改竄や証拠隠滅を試みたのではないかとの疑惑が浮上しました。
4. 軍艦優先意識: 一部の評論家が、軍艦優先が国際常識であると主張しましたが、後にその虚偽が明らかになりました。

これらの問題点は、社会的な関心を集め、当時の防衛庁長官が引責辞任する事態に発展しました。

事故発生の経緯

事故直前の状況

「なだしお」: 午前7時に横須賀基地を出港し、伊豆大島北東沖での自衛艦隊展示訓練を終え、午後0時33分頃に帰港を開始しました。午後2時30分頃には当直員の交代が行われ、艦長が艦橋に上がっていました。
「第一富士丸」: 午後2時15分に横浜港を出発し、新島へ向かっていました。

事故発生

午後3時35分、「なだしお」は右前方に「第一富士丸」を確認しました。直後に左前方にヨットを確認したため機関停止。そして衝突回避のために右転しましたが間に合わず、午後3時38分に両船は衝突しました。「第一富士丸」は衝突後すぐに沈没しました。

救助活動と通報の遅れ

「なだしお」は衝突後、付近の護衛艦などに救助要請を行いましたが、遭難信号は出していませんでした。横須賀海上保安部への連絡も遅れ、初動の遅れが問題視されました。結果的に、「なだしお」自身による救助は3名にとどまり、他の生存者は周囲の民間船によって救助されました。

事故後の対応

救助活動をめぐる批判

事故後、「なだしお」の救助活動が消極的であったとの批判が相次ぎました。特に、遭難者や民間船救助者からは「潜水艦乗員は甲板に立ったまま見殺しにした」という証言が多く出ました。防衛庁は潜水艦に水上事故を想定した装備がないこと、捜索が十分でなかったことを認めました。ただし、海自側は、ロープで隊員を海に降ろして溺者を救助した事例など、可能な限りの救助活動を行ったと反論しました。

証拠隠滅疑惑

事故後、「なだしお」艦長が海上保安庁の調査を拒否し続け、その間に証拠隠滅や口裏合わせが行われたのではないかという疑惑が浮上しました。特に問題視されたのは、航海日誌の改竄です。当初の航海日誌では衝突時刻が3時38分とされていたのが、後に3時40分に書き換えられていました。さらに、当時の速力通信受信簿の一部が紛失しており、組織的な隠蔽工作があったとの疑念が強まりました。

金銭面での交渉

「第一富士丸」の引き揚げ費用や犠牲者への補償を巡り、自衛隊側と富士商事との間で交渉が行われました。富士商事側は、引き揚げ費用の負担割合を迫られたり、合同慰霊祭の費用折半を求められたりしたことに対して不信感を抱きました。最終的には、乗客の遺族には総額21億円が支払われ、生存者には医療補償と慰謝料が支払われることになりました。

事故調査と裁判

海難審判

横浜地方海難審判庁は、「なだしお」側に主因があると裁決しましたが、高等海難審判庁は双方の過失を同等としました。この裁決は、運輸省の官僚が事前に逆転判決を示唆していたことが暴露され、政治的な裁決であるとの批判を浴びました。

刑事裁判

横浜地検は、「なだしお」の元艦長と「第一富士丸」の元船長を業務上過失致死傷罪で在宅起訴しました。横浜地方裁判所は、「なだしお」側に主因があると認定し、元艦長に禁錮2年6か月執行猶予4年、元船長に禁錮1年6か月執行猶予4年の判決を下しました。

マスコミ報道と世論

事故直後から、マスコミは「なだしお」の消極的な救助活動や証拠隠滅疑惑を大きく報道しました。特に、救助された女性乗組員の「見殺しにされた」という証言は、世論の批判を強めるきっかけとなりました。また、自衛隊側が調査に非協力的であったことや、航海日誌の改竄が発覚したことなども、国民の不信感を招きました。

その他の問題

事故原因について、混雑した湾内で「なだしお」が最大戦速（N1運転）の試験をしようとしていた可能性も指摘されています。また、自衛隊が事故を隠蔽しようとした背景には、過去の自衛隊機事故による非難を避け、予算査定に影響を及ぼしたくないという思惑があったとの見方もあります。

事故の影響

この事故をきっかけに、遊漁船業の適正化に関する法律が制定されました。また、浦賀水道に残っていた第三海堡の撤去が検討され、最終的に2000年に撤去が決定しました。さらに、この事故を機に、海上保安大学校の受験者数が増加に転じました。

まとめ

なだしお事件は、単なる海難事故にとどまらず、海上自衛隊の組織的な問題、安全意識の欠如、事故後の隠蔽工作など、多くの問題を浮き彫りにしました。この事件は、二度とこのような悲劇を繰り返さないために、私たちに多くの教訓を与えてくれます。

この事件は、海上自衛隊が、組織防衛を優先して事実を隠蔽しようとしたこと、そしてそれが結果的にさらなる不信感を生み出したことを示しています。透明性の確保と、事故原因の徹底的な究明は、組織が信頼を回復するために不可欠であることを、この事件は教えてくれます。

また、この事件は、海上交通ルールの遵守の重要性を再認識させ、民間船と軍艦が共に安全に航行するための体制を整備する必要性を訴えています。海難事故を未然に防ぐために、関係機関はより一層の努力を重ねていくべきでしょう。

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