ねずみ (落語)

ねずみ

古典落語の演目の一つに『ねずみ』があります。これは名匠として知られる左甚五郎が登場する噺の一つで、別題を『甚五郎の鼠』（じんごろうのねずみ）とも称されます。左甚五郎が登場する噺としては、『三井の大黒』よりも後、およそ十年後の設定とされています。

この噺の起源は、浪曲師である二代目広沢菊春の作品に遡ります。これを落語として初めて演じたのは、三代目桂三木助だとされています。三木助は別の演目である「加賀の千代」と引き換えに、この浪曲を落語に移したと言われています。また、三木助は当初、「甚五郎の鼠」の題で演じていましたが、後に現在の『ねずみ』に改題しました。

あらすじ

物語の舞台は、奥州仙台のとある宿場町です。一人の旅人が宿引きの子供に誘われ、「鼠屋」という名の宿に足を踏み入れます。しかし、そこはひどく貧しい宿で、布団も食事も満足なものがありません。宿を切り盛りしているのは、腰の悪い主人と、まだ十一歳になるという幼い息子の二人きりです。

旅人が宿の主人である宇兵衛に、鼠屋を始めた経緯を尋ねると、宇兵衛は身の上を語り始めます。かつて宇兵衛は、街道を挟んで向かいにある大きな宿「虎屋」の主人でした。しかし、五年前に妻に先立たれた後、迎えた後妻は、病で腰を悪くした宇兵衛とその息子に辛く当たり、ついには番頭と結託して虎屋を乗っ取ってしまったのです。虎屋を追い出された宇兵衛は、仕方なく物置小屋を改築して宿とし、その物置に棲みついていたネズミにちなんで「鼠屋」と名付け、細々と商いを続けている、というのでした。

宇兵衛の不運な話を聞いた旅人は、自らが世に知られた名匠、左甚五郎であることを明かします。そして、持っていた木片から見事なネズミの彫刻を掘り出し、「店の繁盛を願って」とそれを鼠屋の店先に置いて、旅立っていきました。

甚五郎が彫った木彫りのネズミは、まるで生きているかのように動き回りました。この不思議なネズミの噂は瞬く間に広まり、一目見ようと多くの客が鼠屋を訪れるようになります。やがて、鼠屋に泊まると幸運が訪れるという評判まで立ち、鼠屋はみるみるうちに繁盛し、かつての虎屋に匹敵するほどの立派な宿へと発展していきました。

一方、かつて宇兵衛を追い出した虎屋は、その悪行が知れ渡ったこともあり、次第に客足が遠のいていきます。危機感を覚えた虎屋の主人は、鼠屋のネズミに対抗するため、仙台の巨匠と称される飯田丹下に虎の彫刻を依頼することを決めます。

飯田丹下は当初、この依頼を断ろうとしていましたが、対抗相手が左甚五郎であると聞き、考えを改めます。名匠・甚五郎には負けられないという強い思いで、丹下は全身全霊を込めて虎の彫刻を完成させました。虎屋はその彫刻を、鼠屋のネズミを見下ろすような位置に店先高く飾ります。するとどうでしょう、それまで元気に動き回っていた鼠屋のネズミが、ピタリと動きを止めてしまったのです。

しばらくして、この知らせを聞いた左甚五郎が、再び鼠屋を訪れます。甚五郎が彫ったネズミは、虎に怯えているかのように顔を伏せ、じっと動かなくなっていました。しかし、甚五郎には、虎屋の店先に飾られた虎の彫刻が、どう見ても粗悪な出来栄えに思えました。その表情にはひどく恨みが含まれたような目つきをしており、虎を示すはずの額の「王」の模様もありません。

甚五郎は、動かなくなったネズミに話しかけます。「お前、なぜあんな出来損ないの虎に怯えているのだ」。すると、ネズミはこう答えました。

「え、あれ虎だったの？　猫かと思ってた」

関連項目

左甚五郎が登場する他の代表的な落語演目としては、以下のものがあります。

三井の大黒
竹の水仙

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