はらぺこあおむし

『はらぺこあおむし』（原題: The Very Hungry Caterpillar）は、アメリカの絵本作家エリック・カール（Eric Carle, 1929-2021）が1969年に創作した、幼児向けの絵本です。この作品は、出版から半世紀以上を経た現在も世界中で愛される、児童文学における不朽の名作の一つとして知られています。

その最大の特徴は、カールによる鮮やかで大胆なコラージュ技法を用いたイラストと、物語に合わせてページに穴が開けられた斬新な仕掛けです。このユニークな造本アイデアと、シンプルながらも生命の成長と変容をテーマにした感動的なストーリーが組み合わさることで、世界的なベストセラーとなりました。累計発行部数は全世界で5,500万部を超え、70以上の言語に翻訳されています。日本では1976年、もりひさし氏の訳で偕成社より出版され、世代を超えて読み継がれています。

あらすじ

物語は、日曜日の朝に小さな卵から孵化した、腹ペコなあおむしの冒険から始まります。あおむしは空腹を満たすために、月曜日にはりんごを一つ、火曜日には梨を二つと、毎日様々な果物を決まった数だけ食べ進めます。少しずつ大きくなっても、あおむしの食欲は旺盛なままです。

土曜日には、チョコレートケーキやアイスクリーム、ピクルスなど、たくさんの種類の食べ物を立て続けに食べてしまいます。その結果、お腹を壊して苦しむあおむしですが、続く日曜日に緑の葉っぱを食べたことで元気を取り戻します。たくさん食べてふっくらと太ったあおむしは、やがてさなぎとなり、その中で静かに眠り続けます。そして、数日後、さなぎの殻を破って現れたのは、見事な翅を持つ美しい蝶へと変身したあおむしの姿でした。この物語は、小さな命が困難を乗り越え、大きく成長し、やがて全く異なる姿へと変容する、希望に満ちたサイクルを描いています。

造本の特徴

『はらぺこあおむし』の最も象徴的な要素の一つに、あおむしが食べた箇所に実際に穴が開いているという仕掛けがあります。この穴は、幼児が指を入れても簡単に破れないよう、頑丈な厚紙で作られています。作者のエリック・カールは、穴開けパンチで紙に穴を開けているときに、虫が本を食べるというこのユニークなアイデアを思いついたと語っています。

驚くべきことに、この仕掛け絵本が初めてアメリカで出版された際、穴を開けたりページを変形させたりする複雑な印刷・製本技術を持つ会社がアメリカ国内では見つかりませんでした。コストもかかるため、多くの印刷会社が難色を示したのです。そこで、担当編集者が技術力の高い日本の印刷会社を見つけ出し、初版の印刷・製本は日本で行われたという逸話があります。これは、この絵本の制作において、日本の技術が重要な役割を果たしたことを示しています。

日本での展開

日本では1976年に偕成社より出版されて以来、非常に高い人気を誇っています。通常の絵本版に加え、耐久性の高いボードブック版や大型のビッグブック版など、様々な形態で提供されています。2018年現在、通常の絵本版は累計399万部、ボードブック版は239万部を発行しており、その人気の根強さを示しています。特にボードブック版は、書籍総合ランキングのトップ100に入ることなく100万部を突破するという珍しい記録も持っています。

また、2009年と2010年には公益財団法人全日本私立幼稚園幼児教育研究機構が主催する「ようちえん絵本大賞」を2年連続で受賞しており、日本の幼児教育現場における高い評価もうかがえます。

1985年には、エリック・カール自身が初期の絵をすべて描き直した改訂新版が制作されており、現在流通している多くの絵本はこの新しい原画に基づいています。

多様な関連商品とメディア展開

日本では2006年に商品化権が取得されて以降、『はらぺこあおむし』をモチーフにした非常に多岐にわたる関連商品が展開されています。食器類、ステーショナリー、玩具、衣料品など、その種類は豊富です。当初、キャラクター商品には絵本と同じ図柄のみ使用可能で、背景も白に限られるといった制約がありましたが、著作権元との交渉を経て、絵本とは異なるデザインや色彩、あおむし以外のキャラクター（果物や植物など）を使用した商品開発が全世界的に認められるようになりました。これにより、さらに幅広い商品展開が可能となっています。

特に注目されるのは、2014年にハローキティとのコラボレーションが実現したことです。これは『はらぺこあおむし』が他のキャラクターとコラボレーションした世界初の事例であり、翌年にはサンリオからもコラボ商品が発売されています。

また、絵本の世界観は様々なメディアにも展開されています。

映像作品: アニメーションを収録したDVDが複数リリースされています（例: 2004年発売版、2012年発売のコレクション版）。
音楽作品: 絵本をテーマにした楽曲を収録したCDが発売されており、作中に登場するあおむしの歌などが親しまれています。
ゲーム作品: Wiiウェア向けに教育ゲーム「はらぺこあおむしのABC」が配信されたこともあります。
その他: ユニークなデザインのトランプや、日本郵便の特殊切手「絵本の世界シリーズ」にも採用されています。

エピソード

『はらぺこあおむし』は、その知名度の高さから、しばしば公的な文脈で言及されることがあります。例えば、アメリカのジョージ・W・ブッシュ元大統領が子供時代の思い出の本としてこの作品を挙げたことがありますが、実際には絵本の出版時期が彼の子供時代よりも後であったため、これは事実誤認であったことが明らかになっています。

より最近では、2021年に日本の毎日新聞が掲載した、IOC会長をあおむしに見立てて利権をむさぼる様子を描いた風刺漫画が物議を醸しました。これに対し、日本での絵本出版元である偕成社の社長は、表現の自由は認めつつも、生命の成長と変容という絵本の主題が金銭的欲望の風刺に引用されたことに強い違和感を表明しました。社長は、風刺は引用元の作品が持つ本来の意味や文脈を理解した上でこそ成立するものであり、今回の引用は作品理解の欠如を示していると指摘し、新聞社に猛省を促す声明を発表しました。これに対し、毎日新聞社は指摘を真摯に受け止めるとのコメントを出しています。

これらのエピソードは、『はらぺこあおむし』が単なる絵本に留まらず、社会的な関心や議論の対象ともなりうる影響力を持つ作品であることを示しています。

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