またたびの詩

『またたびの詩』

橋幸夫が1978年6月25日に世に送り出したオリジナルアルバム『またたびの詩』は、当時の音楽シーンにおいて異彩を放つ意欲作として位置づけられています。本作は、当時主流であったLPレコード（品番: SJX-20067）とカセットテープ（品番: VCH-1559）の二形態でリリースされました。

概要

本作に先立つ前年、橋幸夫はシングル「股旅グラフィティ」で、後に本作で深く関わることになる作詞家・阿久悠氏と、長年橋幸夫の楽曲を手がけてきた作曲家・吉田正氏の手による楽曲を発表していました。この経験が契機となり、阿久悠氏とのより深化した協力関係のもと、このコンセプトアルバムの制作が始まります。目指したのは、従来の股旅歌謡のイメージを刷新し、現代的な感性で捉え直した「ニュー股旅」の世界を音楽で表現することでした。

アルバム制作にあたり、全曲の作詞を希代の作詞家である阿久悠氏が担当。そして作曲には、井上忠夫、三木たかし、吉田正、森田公一、川口真、中村泰士という、当時の日本の音楽界を代表する6名の作曲家が参加しました。彼らはそれぞれ2曲ずつ楽曲を提供し、アルバム全体が作曲家による競作形式というユニークな構成となっています。この体制は、アルバムに多様な音楽的アプローチをもたらし、「橋幸夫オリジナル'78」という副題にふさわしい、新しい橋幸夫サウンドの探求がなされました。

橋幸夫自身は、このアルバム制作について、「阿久さんの熱意に引っ張られるように、私も相当に力を入れて取り組みました。...昔のLPとは全然違う創り方でした」と語っており、従来の枠にとらわれない、新たな挑戦であったことを示唆しています。一方、作詞を担当した阿久悠氏も、自身の回想の中で、かつて橋幸夫を一躍スターダムに押し上げた「潮来笠」から18年を経て、再び股旅物のアルバム制作を依頼された際の戸惑いを明かしています。その上で、「架空も架空、大ウソのSF股旅をメインに書くことを条件にして、かなり現代的な旅ガラス物を十二篇書いたのである。...それもこれも、昭和53年（1978）に旅ガラスが登場する理由を、懸命に探していたということである」と述懐しており、単なる懐古趣味に終わらない、現代社会における股旅文化や「旅ガラス」という存在の意義を深く探求しようとした阿久氏の強い意志がうかがえます。

このアルバムからは、収録曲の中から4曲がシングルカットされ、より多くのリスナーに届けられました。代表的なシングルとしては、「股旅'78」（SV-6415）やアルバムタイトルと同名の「またたびの詩」（SV-6532）などがあります。これらの楽曲を通じて、『またたびの詩』で表現された新しい股旅の世界観が広く知られることとなりました。

収録曲

アルバムは全12曲で構成され、いずれも阿久悠氏の詞と、6名の作曲家によるメロディ、そして各編曲家のアレンジが融合しています。

A面

1. 股旅'78
作詞：阿久悠、作曲：井上忠夫、編曲：高田弘
2. つっぱり
作詞：阿久悠、作曲：三木たかし、編曲：馬飼野俊一
3. 春夏秋冬わたり烏
作詞：阿久悠、作曲：吉田正、編曲：竜崎孝路
4. 宿場
作詞：阿久悠、作曲：森田公一、編曲：竜崎孝路
5. 風に吹かれて
作詞：阿久悠、作曲：川口真、編曲：高田弘
6. またたびの詩
作詞：阿久悠、作曲：中村泰士、編曲：馬飼野俊一

B面

1. 街道
作詞：阿久悠、作曲：吉田正、編曲：竜崎孝路
2. おーい空よ
作詞：阿久悠、作曲：中村泰士、編曲：馬飼野俊一
3. 木枯し海峡
作詞：阿久悠、作曲：三木たかし、編曲：馬飼野俊一
4. 大活劇
作詞：阿久悠、作曲：森田公一、編曲：竜崎孝路
5. 狼のブルース
作詞：阿久悠、作曲：川口真、編曲：高田弘
6. さすらいびとの数え唄
作詞：阿久悠、作曲：井上忠夫、編曲：高田弘

『またたびの詩』は、単なる時代劇の情景描写にとどまらず、阿久悠氏の現代的で時にSF的な発想を取り入れた歌詞と、多彩な作曲家陣によるバラエティ豊かな楽曲が融合した、コンセプト色の強い作品です。このアルバムは、橋幸夫のキャリアにおける重要な転換点の一つであり、股旅歌謡の表現可能性を拡張した意欲作として、現在も評価されています。

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