よしの冊子

よしの冊子

『よしの冊子』は、江戸時代の寛政の改革時期にあたる18世紀に作成された風聞書であり、松平定信の家臣だった水野為長によって記録されました。この資料は、松平定信が老中に就任した1787年からその後の時代にわたる官界の内幕や世間の風聞をまとめたものであり、当時の情報環境や社会情勢を理解するための貴重な文献となっています。原本は「よしの冊子」と呼ばれ、すべてのページに伝聞を示す「よし（由）」という表記がなされたことが由来です。

松平定信は、その若さで老中に任命されましたが、その経験の不足から、政府内部の事情に精通していませんでした。そんな定信を支えたのが水野為長で、彼は隠密を使って情報を集め、重要な情報の要点を定信に提供していました。この原本は、天明的初年から寛政中期に書かれたと推定され、169冊から200冊に及ぶとも言われていますが、正確な所在は不明です。

1820年ごろ、その内容が発見されるまで『よしの冊子』は門外不出でした。1830年、田内親輔が定信の遺箱から為長の筆による原本を発見し、周囲には見せないことを明記した上で、資料を抄出しました。この抄本は、後世に定信の施政を理解するための参考資料として位置づけられることとなり、現存する写本は彼の抄本を基にされています。現在では、桑名市立中央図書館、国立国会図書館、慶應義塾大学などに所蔵されているため、研究者や一般の人々がアクセス可能です。

『よしの冊子』に含まれる内容は多岐にわたります。個人の評判や風聞を中心に、定信邸内での出来事、都市や農村に関する情報、さらには対外政策や思想についても言及されており、当時の社会の動向や権力関係を知る上で非常に貴重な素材となっています。特に、賄賂が横行した田沼意次の時代を経て、改革を目指した定信の時代背景を理解するためには、この資料が不可欠です。

また、関連文献としては、安藤菊二が責任編集した『随筆百花苑』の風俗世相篇や、水谷三公の著作『江戸の役人事情』、山本博文による『武士の評判記』などがあり、これらでは『よしの冊子』に基づいた分析や解説がなされています。各書籍は、江戸時代の官僚制や社会風俗を深く掘り下げるうえで重要な参考書となり、歴史を知る手助けをしてくれます。

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