りゅうこつ座イプシロン星

りゅうこつ座ε星

りゅうこつ座ε星（Carinae epsilon）は、南天の星座、りゅうこつ座の中央付近に位置する恒星です。地球から見た視等級は2等台で、比較的明るく輝いて見えます。特に南半球では、夜空で容易に見つけることができる星の一つです。この星は、南天に存在する四つの明るい星が十字の形に並んで見えるアステリズム、「ニセ十字」（False Cross）を構成する星の一つとしても知られています。ニセ十字は、みなみじゅうじ座の本物の十字星と似ているため、古くから航海者などが方角を誤認する原因となることがありました。

特徴

りゅうこつ座ε星は、単独の星ではなく、少なくとも二つの星が互いの重力によって結びつき、共通重心の周りを公転している連星系です。詳細な観測からは、二つの星のスペクトル線の周期的なずれが検出されており、分光連星であることが分かっています。この星系を構成するのは、中心に位置する橙色に輝く主星と、その周囲を回る青白色の伴星です。個々の星の詳しい性質はまだ研究段階ですが、これら二つの星を合わせた合計の光度は、私たちの太陽の約6000倍にも達すると推定されています。これは、太陽に比べて非常に明るく、本来であればもっと遠距離にあっても明るく見えるはずの恒星であることを示しています。

名称

りゅうこつ座ε星は、その位置がヨーロッパやアラビアなど、古くから天文学が発展した地域からは非常に低く、あるいは全く見えないほど南に偏っていたため、長い歴史の中で定着した伝統的な固有名を持っていませんでした。しかし、この星は明るく、位置も比較的安定していることから、近代以降の船舶や航空機による天測航法において、位置決定のための重要な基準星として利用されるようになりました。

天測航法に用いられる主要な57個の恒星を選定する際に、このりゅうこつ座ε星と、同じく南天に位置するくじゃく座α星の二つだけが、それまで一般的な固有名を持っていませんでした。そのため、1930年代にイギリス空軍が航空機用の天測暦を作成する過程で、りゅうこつ座ε星には「アヴィオール（Avior）」という固有名が与えられることになりました。この「Avior」という言葉が具体的に何を意味するのかは、命名の由来を示す記録が明確でないため、現在も不明とされています。しかし、研究者であるパウル・クーニッチは、いるか座のベータ星やほ座のガンマ星など、他の星の命名に人名が用いられた例があることから、「Avior」は「Roiva」という人名を逆さに綴ったものではないか、という推測を示しています。

その後、国際天文学連合（IAU）は、恒星の固有名を公式に承認し、標準化するためのワーキンググループ（Working Group on Star Names, WGSN）を設立しました。そして2016年7月20日、このWGSNによって、りゅうこつ座ε星の固有名として「Avior」が正式に承認され、国際的に認知される名称となりました。これにより、この星は現代における正式な固有名を持つ主要な天測航法星の一つとして位置づけられています。

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