アイオリス山

火星の赤茶けた大地にそびえるアイオリス山（Aeolis Mons）は、その雄大な姿から探査の対象として注目を集めています。この山は、直径約154キロメートルのゲール・クレーターの中央部、具体的には南緯5.08度、東経137.85度の地点に位置しています。シャープ山（Mount Sharp）という通称でも広く知られており、国際天文学連合（IAU）による公式名称と、アメリカ航空宇宙局（NASA）や欧州宇宙機関（ESA）などが用いる通称が存在する、やや複雑な命名の歴史を持つ地形です。

ゲール・クレーターにおける位置と規模

アイオリス山は、ゲール・クレーターの谷底から測るとおよそ5.5キロメートルの高さに達します。これはクレーターを囲む南側の縁よりも高くなるほどの規模です。地球上の有名な山々と比較すると、海抜高度はエベレスト（約8.8km）より低いものの、麓から頂上までの高さで見ると、エベレスト（約4.6km）やアフリカのキリマンジャロ（約4.6km）を凌ぎます。北米大陸のデナリ（マッキンリー山）の麓から頂上までの高さ（約5.5km）とほぼ同等であり、さらに月の最も高い山とされるホイヘンス山とほぼ同じ高さです。アポロ15号が探査した月のハドリー山よりは明らかに高いことから、その巨大さがうかがえます。

地質と形成過程

この山の特徴的な外観は、長期間にわたって堆積した多数の層が、その後の浸食作用によって削られて形成されたものと見られています。研究者たちは、これらの堆積物が20億年以上もの歳月をかけて積もり、かつてはゲール・クレーター全体を覆っていた可能性を指摘しています。特に山の下部を構成する層については、かつてクレーター内に広がる湖の底で形成された堆積物であるという説や、風によって運ばれた砂塵が積み重なった（風成作用）ものであるという説が提唱されています。しかし、これらの説については現在も議論が続いており、下部の地層がどのようにしてできたのか、その起源についてはまだはっきりと解明されていません。

探査における重要性

アイオリス山は、NASAの火星探査車キュリオシティによる主要な探査目標として位置づけられています。キュリオシティは、2012年8月6日にこの山の北麓に広がる低地、アイオリス・パルスの「Yellowknife」と呼ばれる地域に着陸しました。NASAはこの着陸地点を、後に作家のレイ・ブラッドベリにちなんで「ブラッドベリ・ランディング」と命名しています。キュリオシティの任務は、アイオリス山の多層的な地層を詳細に調査し、火星の過去の環境、特に生命の存在に適した条件（水の存在など）があったのかどうかを探ることにあります。

名称の由来と変遷

アイオリス山は、1970年代に発見されてから約40年間、特定の名称が付けられずにいました。しかし、キュリオシティの着陸地点に選定されたことで、その存在が注目され、様々な仮称で呼ばれるようになります。例えば、NASAは初期にはこれを「ゲール・クレーター丘」と表現していました。2012年3月には、NASAが非公式に、アメリカの著名な地質学者であるロバート・シャープに敬意を表して「シャープ山」と命名します。

一方、惑星の地形名命名を司る国際天文学連合（IAU）には、火星の地名に関する独自の規則があります。クレーターや谷などの小さな地形を除き、原則として新しい地名に人名は用いないこと、そして近くにある既存のアルベド地形（火星表面の濃淡模様に見られる古くからの名称）から命名するという原則です。IAUは、この規則に従い、2012年 5月16日にこの山を近くのアルベド地形「アイオリス」から正式に「アイオリス山」と命名しました。同時に、山の北側に位置するキュリオシティの着陸予定地周辺の低地も、同じく「アイオリス」から「アイオリス・パルス」（パルスは沼を意味しますが、ここでは小さな平地に用いられています）と名付けています。ちなみに、同じアルベド地形「アイオリス」からは、以前にも東側の「アイオリス卓状台地」（1976年命名）や、さらに東の「アイオリス高原」（2006年命名）が命名されています。本来のアルベド地形「アイオリス」の中心はアイオリス卓状台地東部付近にあり、アイオリス山はアルベド地形の西の端の方に位置しています。

IAUは、ロバート・シャープの功績を称えるため、同じ2012年 5月16日に、ゲール・クレーターから西へ約260キロメートル離れた場所にある直径152キロメートルの大きなクレーターに、「ロバート・シャープ」と正式に命名しました。IAUの慣例では故人の「姓」をクレーター名に用いることが多いのですが、月にはすでにイギリスの天文学者エイブラハム・シャープにちなむクレーター「シャープ」が存在したため、混同を避けるためにフルネームが採用されるという異例の措置が取られました。

しかし、NASAやESAは、現在でも多くの記者会見やプレスリリースにおいて、この山を「シャープ山」という通称で呼び続けています。これは、マーズ・エクスプロレーション・ローバーが着陸した付近の「コロンビア・ヒルズ」のような、科学チームが非公式に用いる名称が一般的に定着した事例と似た状況と言えます。名称に関する関心の高さを示すものとして、天文雑誌が2012年に行った読者投票では、アイオリス山が57%、シャープ山が43%の得票率となり、アイオリス山が多数を占めました。アメリカ地質調査所（USGS）の公式な地名データベースには「アイオリス山」として登録されていますが、これはUSGSがIAUから提供されるデータを受け入れているためであり、USGS自身が能動的にこの名称を採用したというよりは、IAUの決定を反映した結果と理解されています。

なお、アルベド地形「アイオリス」の名称は、ギリシア神話に登場する風神アイオロスが治めたとされる浮き島「アイオリア島」に由来します。トルコ西部の都市イズミルの古名「アイオリス」も同じ語源を持ちますが、通説ではこれは別の由来を持つとされています。

結論

アイオリス山（シャープ山）は、その巨大な規模、多層的な地質構造、そして複雑な命名の歴史から、火星の地形として特筆すべき存在です。現在も進行中のキュリオシティによる詳細な探査活動は、この山が形成された時代の火星の環境、特に水の存在の可能性に関する貴重な手がかりをもたらすと期待されており、火星科学研究におけるその重要性は今後ますます高まるでしょう。

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