アイリッシュ・マフィア

アイリッシュ・マフィア：アメリカ裏社会の古豪

アイリッシュ・マフィア、別名アイリッシュ・ギャング、アイリッシュ・モブは、19世紀初頭からアメリカ合衆国で活動する最も古い犯罪組織の一つです。その活動は、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、シカゴ、クリーブランド、ミネアポリスとセントポール（双子都市）、ニューオーリンズといった主要都市に集中しています。

アイルランド本国だけでなく、カナダ、オーストラリア、イギリスにもアイルランド系ギャングの活動の歴史が存在します。

アメリカ合衆国におけるアイリッシュ・マフィア

ニューヨーク

禁酒法以前、ジョン・モリシー率いるデッド・ラビッツやワイオスの様なアイルランド系アメリカ人ストリートギャングが、ニューヨークの裏社会を支配していました。しかし、1880年代から1890年代にかけて、イタリアンギャングやユダヤ人ギャングといった新たな勢力との抗争に直面します。

ザ・ウェスティーズ

マンハッタン西部のヘルズ・キッチンを拠点とするアイルランド系アメリカンギャング、ザ・ウェスティーズには、ミッキー・スピレイン、エディー・マクグレイス、ジェームズ・クーナン、ミッキー・フェザーストン、エドワード・カミスキーといった著名なメンバーがいました。

1970年代には、アイリッシュ・マフィアとイタリアン・マフィアの間で激しい抗争が勃発します。その発端は、ジェノベーゼ・ファミリーが建設予定のジェイコブ・K・ジャビッツ・コンベンションセンターの管理権を要求したことでした。コンベンションセンターがスピレインの縄張りであるヘルズ・キッチンに建設されることになったため、スピレインはイタリアン・マフィアの介入を断固として拒否しました。

イタリアン・マフィアは数こそアイリッシュ・マフィアを圧倒していましたが、スピレインはコンベンションセンターとヘルズ・キッチンの支配を維持することに成功します。敗北を喫したイタリアン・マフィアは、スピレインの側近であるトム・デヴァニー、エディー・"ザ・ブッチャー"・クミスキー、トム・"ザ・グリーク"・カパトスの暗殺を、ジョセフ・"マッドドッグ"・サリバンというアイルランド系アメリカ人の殺し屋に依頼しました。

同時期、ミッキー・スピレインと、ヘルズ・キッチン出身の新興勢力ジェームズ・クーナンの間で権力闘争が起こります。1977年、スピレインはジェノベーゼ・ファミリーが放った暗殺者の凶弾に倒れました。その後、クーナンはガンビーノ・ファミリーのロイ・デメイオと同盟を結びます。ウェスティーズの暴力的な体質を危惧したジェノベーゼ・ファミリーは、ガンビーノ・ファミリーを介して停戦協定を調停しました。

クーナンは1986年にRICO法違反で逮捕され、フェザーストンは1980年代初頭に逮捕後、情報提供者となりました。

ボストン

ボストンは、アイリッシュ・マフィアの活動が最も記録されている地域の一つです。特に、サマービル、チャールズタウン、サウスボストン（"サウシー"）、ドーチェスター、ロックスベリーといったアイルランド系アメリカ人が多く居住する地域で、禁酒法時代に初期のアイリッシュ・ギャングが現れました。

ウィンターヒル・ギャング

ウィンターヒル・ギャングは、犯罪者によって組織されたボストン地域の緩やかな連合体であり、アメリカ史上最も成功した犯罪組織の一つです。1960年代初頭から1990年代半ばまでボストンの裏社会を支配しました。組織は、サマービルのウィンターヒル地区を拠点とし、初代ボスのジェームズ・"バディ"・マクレーンによって設立されました。1979年以降は、ジェームズ・ジョセフ・バルジャー（通称ホワイティ）と殺し屋スティーブン・フレミーが組織を引き継ぎました。ウィンターヒル・ギャングは、連邦政府の告発が証拠と証人不足によって失敗に終わり、トミー・"ツーガンズ"・アタード、シーン・"アイリッシュ・カー・ボム"・マッケナ、ミッキー・"ミーンマシーン"・マーフィーといった若手が台頭した後、2000年代初頭に解散しました。

アイリッシュ・マフィア闘争

アイリッシュ・マフィア闘争は、マサチューセッツ州で勢力を持つ二つの犯罪組織、チャールズタウン・マフィア（バーナードとエドワード・"パンチー"・マクローリン兄弟率いる）とウィンターヒル・ギャング（ジェームズ・"バディ"・マクレーン率いる）の間で、1960年代を通して繰り広げられた抗争です。

抗争の発端は、ジョージ・マクローリンがウィンターヒルのアレックス・"ボボ"・ペトリコーンの恋人（女優としても知られるアレックス・ロッコ）に言い寄ったことだとされています。その後、マクローリンはウィンターヒルのメンバーに襲撃され、入院しました。バーニー・マクローリンは真相を確かめるため、バディ・マクレーンのもとへ向かいましたが、マクレーンが仲間を引き渡すことを拒否したため、復讐を誓いました。しかし、バーニーはチャールズタウンのシティ・スクエアでマクレーンに殺害されます。この抗争は、チャールズタウン・マフィアとそのリーダーの壊滅という結果を招き、バーニーとエドワード・マクローリン、そしてスティーブとコニー・ヒューズは全員殺害されました。

1960年代後半から1970年代初頭にかけて、サウスボストンでは、胴元と高利貸し業を支配するキリーン・ギャングと、盗みを生業とするマレン・ギャングの間で抗争が起こりました。1972年、マフィアのボスであるドナルド・キリーンが殺害され、両組織の残党はウィンターヒル・ギャングに吸収されました。ドナルド・キリーンの重要な用心棒の一人が、ホワイティ・バルジャーでした。

FBIの腐敗

1970年代から1980年代にかけて、FBIのボストンオフィスは、連邦捜査官ジョン・J・コノリーを通じてウィンターヒル・ギャングに潜入を行いました。しかし、コノリーはホワイティ・バルジャーと癒着し、バルジャーは政府の情報提供者という立場を利用して、ライバルを排除しました。この事実は1990年代半ばに明らかになり、スキャンダルとして社会を震撼させました。この事件は、『ブラック・スキャンダル』という書籍や、映画『ディパーテッド』の着想の元となりました。

フィラデルフィア

禁酒法以前

20世紀前半に活動した有名なアイルランド系ストリートギャングとして、ジミー・ハガティ率いるスクールキルレンジャーズが挙げられます。ハガティは、複数回の殺人未遂で逮捕された際、逮捕した警察官を射殺しました。1869年1月までフィラデルフィアの裏社会で主要な人物であり続けました。

第二次世界大戦後とK＆Aギャング

第二次世界大戦中、K＆Aギャングは都市の裏社会を統治したアイルランド系ギャングでした。1980年代後半にはメタンフェタミンの取引に手を染め、フッシュタウンやポートリッチモンドとその周辺に取引を拡大させました。K＆Aギャングのメンバーの一人、ジョン・ベーカリーは、K＆Aギャングの頭となり、薬物取引拡大に大きな影響を及ぼしました。1987年、スカルフォ・クライム・ファミリーの手下レイモンド・マルトラーナ、ベーカリー、そしてその他多数が、メタンフェタミン取引に関与したとして起訴されました。

シカゴ

禁酒法時代にアイリッシュ・マフィアが活発に活動していましたが、アル・カポネ率いるイタリア系のマフィア、シカゴ・アウトフィットとの対立が激化しました。

その他の地域

東部

ロードアイランド州プロビデンスやニュージャージー州でアイリッシュ・マフィアの活動が見られました。アトランティックシティのアイリッシュ・マフィア、イーノック・"ナッキー"・ジョンソンは、HBOのテレビドラマ『ボードウォーク・エンパイア欲望の街』の主人公イーノック・"ナッキー"・トンプソンのモデルとなりました。

中部

オハイオ州クリーブランド、イリノイ州ロック・アイランズ、ミズーリ州セントルイス、ネブラスカ州オマハなどで、歴史的にアイリッシュ・マフィアの活動が見られました。

南部

オクラホマ州やアラバマ州、ジョージア州などでアイリッシュ・マフィアの活動が見られました。

北部

ミネソタ州のミネアポリスとセントポールでアイリッシュ・マフィアの活動が見られます。

アイルランド

ダブリン

1960年代までは犯罪が多発する地域ではありませんでしたが、1970年代以降に銃犯罪が増加しました。主なダブリンのアイリッシュ・マフィアとしては、ラリー・ダンやマーティン・ケイヒルが有名です。

1996年、ジャーナリストでダブリンの麻薬組織を取材していたヴェロニカ・ゲリンがジョン・ギリガンの一味に暗殺されました。この殺人事件の後、アイリッシュ・マフィア組織に対して大規模な捜査が行われ、400件もの逮捕によってギリガン一味は壊滅状態になりました。この事件については、『ヴェロニカ・ゲリン』というタイトルの映画も制作されています。

リムリック

ダブリン同様、1960年代のリムリックは犯罪の多い地域ではありませんでしたが、1990年代頃にマフィア同士の抗争が起こり、2008年時点ではリムリックはヨーロッパでも最も犯罪の多い都市の一つとなりました。その後、犯罪は減少傾向にあり、リムリック警察は組織犯罪への対処を重視しています。

北アイルランド

20世紀中頃にストリートギャングが発生し、21世紀に入ってからは民兵組織とギャングの統合の傾向が見られます。

ベルファスト

アルスター義勇軍の一部が強盗や美術品の盗難などの犯罪に関与していました。1970年代にテロ攻撃を実施していますが、2007年より公式には活動を停止しています。