アイリーン・ファーレル

アイリーン・ファーレル（Eileen Farrell）は、20世紀アメリカを代表するソプラノ歌手の一人です。1920年2月13日にコネチカット州ウィルマンティックに生を受け、2002年3月23日にニュージャージー州パークリッジでその生涯を閉じました。彼女のキャリアは非常に多才で、オペラ、コンサート、ラジオ、さらにはポピュラー音楽の分野でも顕著な足跡を残しています。

ファーレルはヴォードヴィル歌手であった両親のもとで育ち、幼い頃から音楽的な環境に親しみました。本格的な声楽の道を志したのは1939年頃で、マール・オルコックに師事し、基礎を学びました。その後、教会音楽に携わっていたチャーリー・ベイカーの指導を受け、彼の勧めでエレノア・マクラーレンにも師事するなど、複数の優れた師の下で声楽の研鑽を積みました。

彼女のプロフェッショナルとしてのキャリアは、ラジオ放送から始まりました。1940年にコロムビア放送（CBS）のコーラス要員として加わった後、わずか数ヶ月で自身の冠番組を持つまでに才能が認められます。この30分番組では、オペラのアリアから当時の流行歌まで、クラシックとポピュラーの垣根を越えた幅広いレパートリーを披露し、大きな人気を博しました。このラジオでの活動を通じて、マーガレット・ハーショウやフランク・シナトラといった錚々たる顔ぶれの音楽家たちとも共演する機会を得て、表現力と知名度を高めていきました。

ラジオでの成功を経て、ファーレルはコンサート歌手としての活動に重心を移します。1947年からはアメリカ全土で精力的なツアーを行い、その圧倒的な声量と表現力で聴衆を魅了し、コンサート歌手としての確固たる名声を築き上げました。1949年には南米へのツアーも敢行し、国際的な評価も得ました。

彼女のキャリアにおける重要な出来事の一つとして、1950年のアルトゥーロ・トスカニーニ指揮によるベートーヴェンの交響曲第9番のスタジオ録音が挙げられます。NBC交響楽団とのこの歴史的な録音で、彼女はソプラノ独唱を務め、その名演は現在も多くのクラシック音楽ファンに聴き継がれています。

オペラ界へのデビューは比較的遅く、1956年にフロリダ州タンパのサン・カルロ劇場でマスカーニのオペラ《カヴァレリア・ルスティカーナ》のサントゥッツァ役を歌ったのが最初です。その後、シカゴ・リリック・オペラやサンフランシスコ・オペラなど、アメリカ各地の主要な歌劇場で経験を積み、1960年にはアメリカオペラ界の最高峰であるメトロポリタン歌劇場にデビューしました。メトでのデビュー演目はグルックの歌劇《アルチェステ》で、タイトルロールという重要な役を任されました。

1960年代には、レナード・バーンスタイン指揮下のニューヨーク・フィルハーモニックとの共演が数多く記録されています。バーンスタインをはじめ、トーマス・シッパーズやユージン・オーマンディなど、当時の第一級の指揮者たちからその才能を買われ、オーケストラとの共演でも輝かしい功績を残しました。

舞台活動と並行して、ファーレルは後進の指導にも熱心に取り組みました。1971年から1980年までインディアナ大学の教授を務め、続いて1981年から1986年まではメイン大学でも教鞭をとりました。教育者としてもその豊富な経験と知識を次世代に伝えました。

晩年に近づいた1987年には、ポピュラー・ソングのアルバムをレコーディングし、往年のファンを喜ばせるとともに、その変わらぬ歌声と多才ぶりを示しました。彼女のキャリアは、クラシック音楽の厳格さとポピュラー音楽の親しみやすさを見事に融合させたものであり、アメリカの音楽史においてユニークな存在感を放っています。

また、1955年に公開された映画『わが愛は終りなし（Interrupted Melody）』にも参加しています。アイリーン・ファーレルは、その豊かな声量、広い音域、そしてジャンルを超えた表現力で、アメリカ音楽界に多大な貢献をした偉大な歌手として記憶されています。

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