アインシュタインとシラードの冷蔵庫

アインシュタインとシラードの冷蔵庫とは、20世紀初頭の物理学界を代表する二人の碩学、アルベルト・アインシュタインとレオ・シラードが共同で開発した、一連の革新的な冷蔵技術に関する発明です。1920年代、ドイツのベルリン郊外で交わされた二人の議論から生まれ、当時の冷蔵庫が抱えていた深刻な安全上の問題を解決することを目指していました。

発明の背景

1920年代、電気冷蔵庫は徐々に一般家庭に普及し始めていましたが、その多くは人体に有毒なガスを冷媒として使用していました。具体的には、クロロメタン、アンモニア、二酸化硫黄といった物質が用いられており、これらのガスが漏れ出すと、しばしば重大な中毒事故、さらには死亡事故を引き起こしていました。ある日、アインシュタインとシラードは、こうした冷媒漏れによって一家が犠牲になったという新聞記事を目にし、大きな衝撃を受けます。

二人は、冷蔵庫の安全性向上こそが喫緊の課題であると考え、その解決策として、ガス漏れの原因となりやすい可動部品、特にポンプやバルブといった機械的な要素を排除した設計を追求することにしました。ガスケットやシール材のような劣化や破損の恐れがある部品を使用しない、全く新しい原理に基づく冷蔵システムの発想が、彼らの共同研究の出発点となったのです。

共同開発と特許

アインシュタインとシラードは、ベルリンで頻繁に交流し、様々な物理的・化学的なメカニズムを駆使した冷蔵庫のアイデアを検討しました。二人は歳の差がありましたが、互いの知性を尊重し、活発な議論を交わしました。特にシラードは発明の核心となる着想を多く提供し、スイス特許庁での勤務経験を持つアインシュタインは、特許出願に関する実務面で貢献しました。

数多くのアイデアの中から、最終的に物理的原理が異なる3種類の冷蔵システムが考案されました。1926年初頭以降、これらに対して精力的に特許申請が行われ、最終的に二人の連名で世界各国において45件もの特許が取得されました。

3つの形式

彼らが考案した3つの形式は以下の通りです。

1. ガス吸収式冷蔵庫: これは当時すでに実用化されていたガス吸収式冷蔵庫の改良型でした。可動部品がなく、熱源（ガスバーナーや電熱器など）のみで冷却サイクルを維持します。インプット情報によれば、この形式はアンモニア（吸収剤）、ブタン（冷媒）、水（吸収液）を用いて、単一圧力の下で機能する設計でした。液体と蒸気の流れを巧妙に制御することで、ポンプなしで冷媒を循環させ、冷却を実現します。その特許は1930年にアメリカ合衆国特許第1,781,541号として成立しました。
2. 水噴出式: 水道の圧力を用いて水を噴出させ、ベンチュリ効果によって生じる減圧部で少量のメタノールを蒸発させることで冷却を得る方式です。構造が比較的単純で、電気を使わず水の圧力だけで稼働するという特徴がありました。
3. 液体金属ポンプ: これは最も革新的なアイデアの一つで、電磁誘導を利用して配管内の液体金属を循環させることで、ポンプのような可動部品なしに冷媒を圧縮・循環させることを目指したものです。当初は水銀、後にナトリウム・カリウム合金が液体金属として検討されました。

実用化への試みと挫折

アインシュタインとシラードは、これらの発明の実用化に向けて積極的に活動しました。エンジニアの協力を得てプロトタイプ製作を進め、複数の企業にコンタクトを取りました。

ガス吸収式: この形式に関する特許は、既存のガス吸収式冷蔵庫メーカーであるエレクトロラックス社の子会社に買い取られましたが、同社がこの特許に基づく製品を製造することはありませんでした。
水噴出式: ハンブルクのツィトゲル社と提携し、プロトタイプが製作されました。小規模冷却に適しており、電力不要という利点がありましたが、試運転の結果、予想以上にメタノールが高価であることや、当時の水道圧では十分な性能が得られないことが判明し、商品化は見送られました。
* 液体金属ポンプ: ドイツの大手電気メーカーAEG社がこの形式の試作に取り組みました。エンジニアリングの専門家が雇用され、シラードが顧問として、アインシュタインも定期的に進捗を確認するなど、本格的な開発が進められました。しかし、初期のプロトタイプは液体金属の流動に伴う激しい騒音（「ジャッカルの遠吠え」と形容されるほど）が問題となりました。粘り強い改良の結果、騒音問題はある程度解決され、1931年には連続運転可能なプロトタイプが完成しました。しかし、その頃になると、より安全な冷媒であるフロンがアメリカで実用化されたこと、そして世界恐慌の影響による市場の冷え込みとAEG社の経営悪化が重なり、1932年にこの開発プロジェクトは中止されました。

その後の影響

1933年にナチスが政権を掌握すると、アインシュタインとシラードはドイツを離れました。シラードは亡命先でも液体金属ポンプ方式の実用化を試みましたが、成功しませんでした。しかし、この液体金属ポンプのアイデアは、後年、原子力の分野で意外な形で役立つことになります。1950年代、シラードの別の構想に基づいた実験的な高速増殖炉において、炉心を冷却する液体金属（ナトリウムなど）を循環させるための電磁ポンプとして、アインシュタイン＝シラードの液体金属ポンプの原理が応用されることになったのです。

ガス吸収式冷蔵庫については、旧式の設計には一酸化炭素中毒のリスクが伴うことから、現代では安全基準を満たさないものが段階的に廃止されています。しかし、可動部がなく電力不要という特徴は、電化されていない地域での利用に適しており、2008年にはオックスフォード大学の研究チームが、現代技術でこの原理に基づく改良型の試作機を開発したことが報じられています。

アインシュタインとシラードの冷蔵庫は、商品化には至らなかったものの、科学者二人の知的な探求心と、当時の社会問題への真摯な取り組みを示す興味深い事例であり、後世の技術にも影響を与えた発明と言えるでしょう。

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