アイヴァン・チャマイエフ

アイヴァン・チャマイエフ（Ivan Chermayeff, 1932年 6月6日 - 2017年 12月2日）は、イギリスに生まれ、アメリカ合衆国を拠点に活動した、20世紀後半を代表するグラフィックデザイナーであり、イラストレーターです。特に、トム・ガイスマーらと共に立ち上げたデザイン事務所、チャマイエフ&ガイスマー（現チャマイエフ&ガイスマー&ハヴィヴ）を通して、数多くの企業や組織の象徴となる革新的なロゴマークやブランドデザインを手掛け、アメリカにおけるモダンデザインの発展に寄与しました。

生涯の軌跡

1932年 6月6日、アイヴァン・チャマイエフは、ロシア系イギリス人の著名な建築家サージ・チャマイエフとその妻バーバラの間に、長男として誕生しました。弟のピーターと共に、名前はそれぞれロシア皇帝イヴァン4世とピョートル1世にちなんで名付けられています。幼少期は、父が設計したサセックスの自宅で、彫刻家ヘンリー・ムーアの作品が庭に置かれているような芸術的な環境で過ごしました。

1940年、第二次世界大戦の勃発を受けて、チャマイエフ一家はカナダを経由してアメリカ合衆国へ移住します。両親が新たな生活の場を模索する間、アイヴァンと弟は一時、建築家ヴァルター・グロピウスのもとに預けられるという経験をしました。その後、家族はカリフォルニア州で再会し、最終的にはマサチューセッツ州に落ち着きました。彼は同州アンドーバーにある名門フィリップス・アカデミーで教育を受け、1950年に卒業しました。学業は続き、ハーバード大学を経て、イリノイ工科大学のデザイン大学院で学びました。ここでは、IBMのロゴデザインで知られるポール・ランドから指導を受け、デザインの基礎と深い洞察力を培いました。1955年、イェール大学の美術建築学校で美術学士号を取得。学生時代からグラフィックデザインの道へと強い関心を抱くようになりますが、当時のグラフィックデザイナーは、まだ専門職としての認知度が低い時代でした。

プロフェッショナルとしての歩みと事務所の成功

大学を卒業したチャマイエフは、グラフィックデザイナーのアルヴィン・ラスティグのもとで短期間アシスタントとして働いた後、CBSレコードに入社し、レコードジャケットのデザインに携わりました。これらの初期の経験は、彼のデザインスキルを磨く貴重な機会となりました。

1957年、彼はイェール大学時代の友人トム・ガイスマー、そして父の教え子であったロバート・ブラウンジョンと共に、ニューヨークにデザイン事務所「ブラウンジョン・チャマイエフ＆ガイスマー」を設立します。彼らの最初の大きな仕事の一つは、1958年に開催されたブリュッセル万国博覧会のアメリカ館における内装デザインで、モダンなグラフィックとサインを用いてアメリカの街並みを表現しました。しかし、1959年にブラウンジョンが事務所を離れたため、組織は「チャマイエフ＆ガイスマー」と名を改めました。

事務所の大きな転換期となったのは、1960年にチェース・マンハッタン銀行（現在のJPモルガン・チェース銀行）から依頼された新しいロゴのデザインでした。それまで使用されていた、地球儀を描いた複雑なデザインに対し、チャマイエフらは八角形のみで構成される、極めてシンプルかつ抽象的なロゴを提案しました。これは当時の企業ロゴとしては非常に斬新であり、この大胆なデザインは広く受け入れられ、チェース銀行の強力な視覚的アイデンティティを確立しました。この成功を機に、チャマイエフ＆ガイスマーには国内外の企業や組織からデザインの依頼が殺到するようになり、100以上の象徴的なロゴデザインを手掛け、アメリカを代表するデザインファームへと成長を遂げました。

多様な表現活動：アートと絵本

チャマイエフは、グラフィックデザイナーとしての活動と並行して、熱心なアーティストとしても知られています。特に、捨てられた紙片や日常のゴミなどを素材として用いたコラージュ作品を多数制作しました。彼自身は、絵を描くのが苦手だった学生時代に、代わりに素材を貼り合わせるコラージュを始めたと語っています。そして、こうした断片的な要素を組み合わせて形作るコラージュの手法と、線や色、文字といった要素を構成してロゴを生み出すプロセスには、本質的な共通点があると述べており、彼のデザイン哲学の一端をうかがわせます。また、廃材を使ったアッサンブラージュ作品も手掛けるなど、素材への深い探求心を持って創作活動を行いました。

さらに、彼は児童書の世界でも才能を発揮しました。特に、SF作家カート・ヴォネガットとの共作絵本『Sun Moon Star』は広く知られ、日本でも翻訳出版されています。シンプルながらも力強いグラフィックと物語が融合した彼の絵本は、子供たちの想像力を刺激しました。パブリックアートの分野では、ニューヨークのソロービル前に設置された赤い「9」の彫刻や、大阪にある海遊館の壁画などが彼のデザインした代表的な作品として挙げられます。

デザイン界への貢献と栄誉

デザイン界におけるチャマイエフの功績は計り知れず、様々な公的な役職や教育活動を通して後進の育成にも力を注ぎました。1963年から1966年までアメリカグラフィックアート協会（AIGA）の会長を務めたほか、ニューヨーク近代美術館やスミソニアン協会の評議員、ニューヨーク市立美術協会の理事なども歴任しました。また、国際グラフィック連盟の会員としても活動し、グローバルな視点からデザイン振興に貢献。クーパー・ユニオンやカリフォルニア大学などで客員教授として教壇に立ち、多くのデザイナーを育てました。

彼の功績は数多くの栄誉によって称えられています。1981年にはアートディレクターズクラブの殿堂入りを果たし、デザイン界のレジェンドとしての地位を確立しました。1991年にはフィラデルフィア美術大学やコーコラン美術館より名誉美術博士号を授与され、さらに母国イギリスからは名誉王室産業デザイナーの称号を贈られました。2014年にはナショナル・デザイン・アワードの生涯功労賞を受賞するなど、キャリアの晩年に至るまで高い評価を受け続けました。

晩年

チャマイエフは晩年も精力的に活動を続けましたが、2017年11月にミネアポリスで開催されたAIGAの会議に出席したのが、彼にとって最後の公の場となりました。そのわずか数週間後の2017年 12月2日、85歳で逝去しました。彼の死はデザイン界に大きな損失をもたらしましたが、彼が生み出した時代を超えた象徴的なデザインや、デザイン界に残した功績は、今日なお多くの人々に影響を与え続けています。

主な代表作

チェース・マンハッタン銀行ロゴ
PBSテレビ番組「Masterpiece」番組宣伝ポスター
ニューヨーク都市圏交通公社ポスター
アメリカ自然史博物館ポスター
海遊館壁画
ニューヨークソロービル赤い「9」の彫刻

主な著作（児童書より）

『Sun Moon Star』（カート・ヴォネガット共著）
『The Thinking Book』（サンドル・ストッダード・ウォーバーグ著）
『Tomato and Other Colors』
『Fishy Facts』シリーズ

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