アウエルバッハ神経叢

アウエルバッハ神経叢

アウエルバッハ神経叢（Auerbach's plexus）は、消化管の機能を自律的に制御する複雑な神経ネットワーク、すなわち腸管神経系を構成する主要な要素の一つです。筋層間神経叢（きんそうかんしんけいそう）とも呼ばれ、消化管壁の特定の層に特異的に存在しています。

位置と構造

この神経叢は、消化管の壁を構成する二層の筋肉、すなわち外側の縦走筋層（じゅうそうきんそう）と内側の輪走筋層（りんそうきんそう）との間に挟まるように位置しています。食道から胃、小腸、大腸に至るまで、消化管の広範な領域で見られます。アウエルバッハ神経叢は、中枢神経系からの指令を伝える役割を持つ自律神経系の一部である、交感神経線維と副交感神経線維の両方を含む複雑な神経細胞および神経線維のネットワークです。同じ腸管神経系に属するマイスナー神経叢（粘膜下神経叢）が主に副交感神経線維で構成されるのとは対照的です。

機能

アウエルバッハ神経叢の最も重要な機能は、消化管の運動性を調節することです。神経細胞は、隣接する縦走筋層と輪走筋層に対して運動を促す刺激を送ります。これにより、消化管は食べ物を口から肛門へと移動させるための収縮運動（蠕動運動：ぜんどううんどう）や、内容物を混ぜ合わせるための分節運動（ぶんせつうんどう）などを自律的に行うことができます。これらの筋肉の coordinated な動きは、消化・吸収のプロセスに不可欠です。また、アウエルバッハ神経叢は、消化管の粘膜層に対しても影響を及ぼし、消化液や粘液などの分泌を調節する刺激も送る役割も担っています。このように、この神経叢は消化管における食物の通過、消化、吸収といった一連のプロセスを円滑に進めるために、運動と分泌の両面から中心的な制御を行っています。

起源と走行

アウエルバッハ神経叢は、脳幹の一部である延髄（えんずい）から伸びる迷走神経（めいそうしんけい）と密接な関連があります。迷走神経からの神経線維は、前後の神経幹を介して消化管壁に到達し、この神経叢を形成またはそれに情報を伝達します。このため、アウエルバッハ神経叢は、中枢神経系からの影響を受けながらも、ある程度の自律性を持って消化管の機能を調節しています。

名称の由来

「アウエルバッハ神経叢」という名称は、19世紀ドイツの解剖学者であるレオポルト・アウエルバッハ（Leopold Auerbach, 1828-1897）に敬意を表して付けられました。彼はこの神経ネットワークを最初に詳細に観察し、文献に記載した人物として知られています。この発見は、消化管が単に外部からの指令に従うだけでなく、独自の神経系を持つこと、すなわち腸管神経系の存在を理解する上で重要な一歩となりました。

重要性と関連事項

アウエルバッハ神経叢は、消化管の自律的な機能にとって極めて重要です。この神経叢の発達異常や機能障害は、重篤な消化管運動障害を引き起こすことがあります。例えば、先天的にこの神経叢が欠損しているヒルシュスプルング病や、食道下部の神経叢の異常によるアカラシアなどは、アウエルバッハ神経叢に関連する疾患として知られています。これらの疾患は、食物の輸送に著しい障害をもたらし、患者のQOLに大きな影響を与えます。このように、アウエルバッハ神経叢の研究は、消化管生理学だけでなく、関連疾患の病態理解や治療法の開発においても重要な意味を持っています。

もう一度検索