アカギカメムシ

アカギカメムシとは

アカギカメムシ（学名：Cantao ocellatus）は、カメムシ目キンカメムシ科に属する昆虫です。主に熱帯から亜熱帯にかけての地域に広く分布しており、キンカメムシの仲間としては大型に分類されます。この種は、メスが自身の卵や幼虫を保護する「亜社会性」と呼ばれる行動を示すことや、時に成虫が数千頭規模の大集団を形成すること、そして個体や地域によって体色や形態に顕著な変異が見られる点が大きな特徴です。

形態と外見

アカギカメムシは体長が17mmから26mmにも達する大型のカメムシです。日本本土で見られるカメムシの中では、オオキンカメムシやオオヘリカメムシといった大型種をも凌駕する、最大級の一種と言えます。

その体形は一般的なカメムシのそれに倣いますが、オオキンカメムシなどに比べるとやや縦長な印象を与えます。背面は滑らかな曲線を描いて盛り上がっており、腹面は比較的平らです。頭部は三角形状で、前胸（胸部の一番前の部分）は左右に大きく張り出し、体全体で最も幅広くなります。前胸の両端はわずかに尖ることもありますが、分布域によっては斜め前向きに鋭く発達した棘を持つ個体も存在します。

頭部と前胸の後方、体幹の大部分は小楯板（しょうじゅんばん）と呼ばれる大きな板状の構造で覆われています。この小楯板の後端は次第に細くなり、やや突き出して終わります。その後方からは、時に膜質の翅の先端部が見えることがあります。

斑紋と色彩の変異

アカギカメムシの最も目を引く特徴の一つに、その体色と斑紋の多様性が挙げられます。基本的には、前胸と小楯板は同じような色合いと斑紋パターンを持ちます。これらの部分には複数の黒い斑点が見られます。

前胸には、中央より左右にそれぞれ二つ（前後）、さらにその外側にもう一つずつ黒斑が現れるのが一般的です。小楯板には、中央の縦のラインに沿って、前胸との境目の少し後ろと後端の手前に縦長の黒斑があります。また、その両脇の中ほどには、先の黒斑の少し後ろと、後の黒斑の前にかけて「ハ」の字状に並んだ黒斑が見られます。これらの黒斑の大きさや濃さは個体によって大きく異なり、中にはほとんど消えてしまう場合もあります。

地の色は、典型的な個体では鮮やかな橙赤色（とうせきしょく）をしており、黒斑の周囲はやや黄色みがかる傾向があります。しかし、この地の色合いにも大きな変異があり、濃い赤から淡いオレンジ、そして全体が白っぽい個体まで存在します。いずれの色調であっても、体の表面には光沢がありません。

特徴的な変異

アカギカメムシに見られる変異のうち、前胸の両端にある棘の発達は地域による違いが明確です。日本や台湾に生息する個体では、通常この棘はほとんど発達せず、単に角ばっているか軽く尖る程度です。しかし、インドやマレー半島といった熱帯域の個体では、非常に大きく鋭い棘が突き出ているのが観察されます。

また、色彩の変異については、少なくとも一部は同じ個体が成長するにつれて変化することが分かっています。例えば、沖縄県での観察例では、羽化直後の個体は鮮やかな赤色をしていますが、時間が経つにつれて徐々にオレンジ色から黄色へと体色が変化していく様子が記録されています。八重山諸島に赤い個体が多く見られるのは、繁殖回数が多いために比較的若い個体が多く観察されるためではないか、という推測もなされています。

生態と亜社会性

アカギカメムシの幼虫は、主にアカメガシワの果実を食べることで成長します。成虫もアカメガシワだけでなく、ウラジロアカメガシワやオオバギ、カキバカンコノキなど、多様な植物に飛来することが確認されています。日本では年に2～3世代を繰り返し、早い時期には4月頃からその姿が見られます。

このカメムシの興味深い生態の一つに「亜社会性」があります。メスは食草の葉の裏に数十個の卵をひと塊にして産み付けた後、その卵塊に覆いかぶさるようにしてじっと留まります。これは卵を保護するための行動と考えられており、卵が孵化して一齢幼虫が卵塊の周囲で集団を形成し、さらに脱皮して二齢幼虫となって移動を開始するまで続けられます。メスは、卵や幼虫に何かが近づくと、その方向に体を傾けて威嚇し、接近を防ぐような行動をとることが観察されています。また、高温時には前脚の腿節から粘液を出し、口吻でそれを扱う行動も記録されていますが、具体的な目的は不明です。ただし、天敵から積極的に卵や幼虫を守る様子はあまり観察されていません。

この保護行動は、本能的なものと考えられており、実験的に他の個体の卵塊を与えられたメスが抱卵したり、発泡スチロールで作られた偽物の卵塊にも保護行動を示す例が報告されています。一方、まだ産卵経験のないメスは、卵塊を与えられても保護行動を示さないことが確認されています。

集団形成

アカギカメムシは、その成長の各段階で集団を作る性質があります。特に注目されるのは、成虫が形成する大規模な集団です。アカメガシワだけでなく、他の樹木においても、一枚の葉の上に数十頭の成虫が集まり、さらにそれが樹木全体で多発することで、数千頭もの個体が密集した集団を作り上げることがあります。その様子は、まるで樹木にたくさんの橙色の果実が実っているかのように見えると表現されるほどです。

なぜこのような大規模な集団を形成するのか、その明確な理由はまだ解明されていません。冬眠のためという説も過去にはありましたが、実際には夏季に集団が見られることから否定されています。交尾に関連した行動ではないかという推測や、熱帯性の昆虫に見られる、夏季に集団を作ることで湿度を保ち、呼吸量を抑えて休眠を安定させるための行動である可能性なども示唆されています。

幼虫もまた集団を形成します。主に食草であるアカメガシワの果実の上に集まりますが、時には食草の近くにある別の葉の上で集団になっているのが観察されます。これは脱皮の前段階で見られることが多く、脱皮をまとめて行うための集団（いわゆる脱皮集団）であると考えられています。

分布と拡大

アカギカメムシは、本来は東南アジアなどの熱帯域を中心に分布しています。長距離を飛行する能力があると考えられており、南方定点の気象観測船で採集された記録もあります。

日本では、これまで南西諸島が主な生息域であり、北限とされていました。しかし近年、その分布域が急速に拡大していることが確認されています。屋久島や種子島に加え、九州や四国、本州の南岸地域でも採集例が増加しており、一部地域では定着して繁殖していることが明らかになっています。さらに2018年には北海道の道南地方で初めて確認されて以降、2020年には関東地方や東北地方でも目撃され、北海道内でも広範囲から記録が報告されるなど、目覚ましい北上傾向が続いています。

利害

カメムシ類の中には強い臭気を放つ種が多いですが、アカギカメムシは人に不快な臭いを出すことは少ないとされています。また、直接的に農作物に大きな被害を与えるという報告も現在のところありません。しかし、近年見られる急速な分布域の拡大は、本来生息していなかった地域の生態系に影響を与える可能性が指摘されており、今後の動向が注目されています。

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