アガペーノール

アガペーノール（古希: Ἀγαπήνωρ, Agapēnōr）は、ギリシア神話に語り継がれる重要な人物の一人です。アルカディアー地方を治めたとされるリュクールゴス王の子、名高いアルゴナウタイの一員アンカイオスを父に持ち、先代エケモス王の後にアルカディアー地方の支配者となったと伝えられています。

彼はまた、スパルタ王女であり絶世の美女と称えられたヘレネーに求婚した多くのギリシアの英雄たちの一人でもありました。ヘレネーがトロイアの王子パリスによって奪われた際、他の求婚者たちとの間に交わされていた「誰かがヘレネーと結婚した場合、彼女に何か困難が生じた時には皆で協力して助ける」という盟約を守るため、アガペーノールは勃発したトロイア戦争にギリシア方の一員として参戦しました。

トロイア戦争においては、故郷アルカディアー地方から集められた軍勢を率いました。彼が指揮した船の数については、複数の伝承で異なる記述が見られます。ホメーロスの叙事詩『イーリアス』では、アルカディアー地方のキュレーネー山麓をはじめ、ペネオス、オルコメノス、リーペー、ストラティエー、エニスペー、テゲアー、マンティネイア、ステュムパーロス、パラシエーといった多様な都市から集められた兵を、総勢60隻もの船に乗せて率いたと記録されています。ただし、アポロドーロスは7隻、プリュギアのダーレスは40隻と、かなり異なる数を伝えています。また、クレーテーのディクテュスも60隻という数に触れる一方で、これらの軍勢は純粋なアルカディアーのものではなく、全ギリシア軍の総大将であるミュケーナイ王アガメムノーンが自身の間接的な支配地から召集した兵であり、その指揮をアガペーノールに託したのだという異説も紹介しています。

戦場における具体的なエピソードとしては、クレーテーのディクテュスが、パトロクロスによるサルペードーン討伐後の激しい戦いの中で、アルケシラーオスとスケディオスが命を落とし、アガペーノール自身もメゲースと共に負傷した出来事を記しています。また、スミュルナのクイントゥスの伝えるところでは、アガペーノールは特に跳躍力に優れた戦士だったという。トロイア戦争の英雄アキレウスの葬儀に際して催された競技会では、走り幅跳びで見事優勝を飾り、その褒美として、かつてアキレウスがキュクノスを打ち破った際に得たという、見事な甲冑を授けられたとされています。さらに、戦争の終結を決定づけたと言われる有名な木馬作戦にも参加した、選ばれた一員であったことも伝えられています。

長い戦いを終え、故郷アルカディアーへの帰途についたアガペーノールだったが、その航海は順調ではなかった。ナウプリオスの企てた復讐によって、船はカペーレウス岬の沖で激しい嵐に遭遇し、難破してしまう。激しい漂流の末、彼がたどり着いたのは遠く離れたキュプロス島であった。地理学者パウサニアースの記録によれば、彼はまさに冬の激しい嵐によってこの島へと運ばれ、そこで新たな都市パポスを築き上げ、さらにパライパポスには愛と美の女神アプロディーテーを祀る神殿を建立したという。これは、この島が後にアプロディーテー信仰の中心地となる重要な布石となった出来事と言えます。

興味深いことに、時を経てアガペーノールの血を引くラーオディケーという名の女性が、彼がキュプロス島で築いたアプロディーテー信仰との繋がりを示す行動を取っています。彼女は故郷アルカディアー地方のテゲアーにあるアテーナー・アレアー神殿に美しいペプロス（女性の衣）を奉納するとともに、同じ場所にアプロディーテーの神像を安置し、『パポスに坐すアプロディーテー』を意味するアプロディーテー・パピアーの神域を創設したと伝えられています。これは、遠く離れたキュプロス島でのアガペーノールの行動が、故郷アルカディアーにも影響を与えたことを示唆していると言えるでしょう。

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