アストンマーティン・シグネット

アストンマーティン シグネット：高級コンパクトカーの挑戦

アストンマーティンといえば、DBシリーズに代表される大型のスポーツカーやGTカーが有名ですが、2010年代初頭、同社は環境規制への対応と新たな市場開拓のため、小型車の開発に着手しました。その結果生まれたのが、トヨタiQをベースとしたコンパクトカー、シグネットです。このモデルは、アストンマーティンが持つ伝統的なクラフトマンシップと、トヨタの信頼性の高い技術が融合した、異色のコラボレーションの産物と言えるでしょう。

意外なコラボレーションの背景

アストンマーティンとトヨタという、一見すると接点の少ない両社が手を組んだ背景には、2007年のニュルブルクリンク24時間レースでの出来事が関係しています。当時、トヨタのGAZOO Racingチームに参加していた豊田章男社長と、アストンマーティンのCEOであったウルリッヒ・ベッツ氏が、同じピットで交流を深めたことが、両社の提携へと繋がったのです。

シグネットのベース車としてiQが選ばれたのは、その優れたシャシー性能、コンパクトなサイズ、高い安全性、そしてバランスのとれたプロポーションが、アストンマーティンが理想とする高級小型車のイメージに合致したためです。

手作業による贅沢なカスタマイズ

日本のトヨタ高岡工場で生産されたiQは、英国に輸送され、アストンマーティンの職人によって、徹底的にカスタマイズされました。ルーフ、左右ドア、リアフェンダーを除く外板パネルは全て専用設計で、アストンマーティンのアイデンティティであるブライトフィニッシュグリルや、DBSと共通のエアインテークなどが追加されました。インテリアも、赤を基調とした本革シートや、アストンマーティンらしいデザインのダッシュボードなど、高級感とスポーティさが融合した空間に仕上げられています。1台あたりの製造には約150時間を費やしたと言われています。

走りの性能と静粛性の両立

基本的なメカニズムはiQと共通ですが、アストンマーティンは静粛性の向上に力を入れており、消音材の追加やエンジンマウントの変更などが行われています。エンジンは1.3L直列4気筒で、6速MTまたはCVTが設定されていました。

究極のシグネット：V8シグネット

2018年には、アストンマーティンのパーソナライズ部門「Q by Aston Martin」によって、V8シグネットが製作されました。これは、顧客の要望に応じたワンオフモデルで、V8ヴァンテージSに搭載されている4.7リットルV8エンジンを搭載し、最高出力は430bhp、0-100km/h加速は4.2秒という驚異的な性能を誇ります。サーキット走行を意識した仕様となっており、バケットシートや消火システムなども搭載されていました。

短命ながら記憶に残るモデル

シグネットは2009年にコンセプトカーが発表され、2011年から2013年まで販売されました。販売台数は少なく、希少性の高いモデルとなっています。また、「シグネット＆コレット」など、限定モデルも存在します。

アストンマーティンというブランドの、高級車へのこだわりと、トヨタとの異色のコラボレーションによって生まれたシグネットは、高級車市場における新たな挑戦として、そして、アストンマーティンというブランドの幅広い可能性を示したモデルとして、自動車史にその名を刻んでいます。その希少性と個性的なスタイルから、コレクターズアイテムとしても高い価値を持つと言えるでしょう。

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