アダムズ＝オニス条約

アダムズ=オニス条約

アダムズ=オニス条約（Adams–Onís Treaty）は、1819年2月22日にアメリカ合衆国とスペイン王国の間で署名された重要な合意文書です。この条約は、スペイン領であったフロリダをアメリカ合衆国に割譲すること、そして北米大陸における両国の領土境界線を確定することを主な目的としました。この外交的成果は、しばしば「大陸横断条約（Transcontinental Treaty）」、「フロリダ購入（Purchase of Florida）」、あるいは単に「フロリダ条約（Florida Treaty）」とも称されます。

この条約の締結により、長年にわたり米西間でくすぶり続けていた国境を巡る係争は終結を迎えました。歴史家の多くは、この条約がアメリカ合衆国の外交における顕著な成功例であったと評価しています。

概要

条約締結に向けた交渉は、北米大陸でスペインが国境を接するアメリカ合衆国との関係に加え、依然としてアメリカ独立の影響が残るイギリスとの緊張が高まっている時期に行われました。また、ラテンアメリカ各地で独立革命が勃発するなど、スペインの植民地支配が揺らいでいる状況下での交渉でした。

特にフロリダについては、スペインはもはや新たな植民者や軍隊を派遣してその領有を維持することが困難な状態にあり、むしろ維持することが経済的・軍事的な負担となっていました。このため、スペイン政府は条約交渉の機会を捉え、フロリダを手放す代わりに、スペイン領テハス（現在のテキサス周辺）を巡るアメリカとの境界紛争を解決したいと考えました。

この条約により、アメリカ合衆国は、フロリダのスペイン領内でスペイン政府から土地の払い下げを受けていたアメリカ国民に対する法的請求権を肩代わりする名目で、最大500万ドルを支払うことを約束しました。その一方で、アメリカ合衆国は、1803年のルイジアナ購入に伴って自国に帰属すると主張してきた、スペイン領テハス（テキサス）のサビーン川西岸地域における領土主張を取り下げました。これらの譲歩と引き換えに、アメリカ合衆国はメキシコ湾岸からロッキー山脈を越えて太平洋岸に達する、広大な範囲にわたる国境線を確定することに成功したのです。

歴史的背景

この条約は、当時のアメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローの下で国務長官を務めたジョン・クィンシー・アダムズと、スペイン国王フェルナンド7世の外務大臣ルイス・デ・オニスによって交渉が進められました。

スペインの領土問題

スペインは長らくアメリカからのフロリダ購入提案を拒み続けていましたが、1818年頃にはフロリダを割譲することが現実的な選択肢となるほど状況が悪化していました。スペインはナポレオン戦争（半島戦争）で疲弊し、南米の植民地では独立運動が活発化しており、植民地支配の再構築が急務でした。特に、多数のアメリカ人移民が居住するフロリダへの新たな投資は見送られ、広大なスペイン領（現在のメキシコ、中米などを含む）とアメリカ合衆国の国境管理が喫緊の課題となっていました。弱体化したスペイン軍は、ジョージア州への襲撃を繰り返すセミノール族インディアンを効果的に抑え込むこともできませんでした。

1819年当時、スペインはアメリカ大陸における領土を次々と失っており、西部領土における反乱の噂も広がる中、アメリカとの交渉に応じざるを得ない状況に追い込まれていました。ジョージア州内の逃亡奴隷、犯罪者、インディアンを追う過程で、アメリカのアンドリュー・ジャクソン将軍率いる部隊は、当時スペイン領だったフロリダへしばしば侵攻しました。特に第一次セミノール戦争では、ジャクソンはセミノール族の越境襲撃にフロリダが関与している証拠があるとして、「ネグロ砦」などのスペインの要塞を攻撃・占領しました。

逃亡奴隷の隠匿やインディアンの襲撃拠点となっていた東フロリダを鎮圧するため、アメリカ陸軍はスペイン領への侵攻を繰り返しました。ジャクソン将軍による一連の軍事行動の結果、アメリカ合衆国は東フロリダを実質的に支配下に置きました。国務長官アダムズは、「フロリダは見捨てられ、合衆国の敵によって占領される危険に瀕しており、我々が支配する必要がある」と主張しました。スペインは仲介をイギリスに求めましたが断られました。モンロー大統領内閣の一部には、フロリダへの独断専行を行ったジャクソン将軍の罷免を主張する者もいましたが、アダムズはジャクソンの行動が外交交渉においてアメリカに有利に働くと見抜いていました。このため、交渉は比較的スムーズに進展しました。

ルイジアナ購入後の国境問題

1803年のルイジアナ購入後、アメリカとスペインの間ではその正確な国境線について合意がありませんでした。スペインはミシシッピ川の西岸やニューオーリンズ市が自国領であると主張しましたが、アメリカは購入した領域がロッキー山脈まで達すると主張しました。後にアメリカはサビーン川を国境とすることで譲歩しましたが、スペインはあくまでさらに東のアロヨ・オンド川が国境であると譲らず、両河川に挟まれた地域は「ルイジアナ中立地」として係争状態が続きました。

条約の詳細と意義

アダムズ=オニス条約は、1819年2月22日にワシントンD.C.でジョン・クィンシー・アダムズとルイス・デ・オニスによって署名されました。しかし、スペインが南米での革命に対するアメリカの外交的支援を遅らせる意図から批准を保留したため、条約の発効は2年遅れました。アメリカ上院は署名直後に全会一致で批准しましたが、スペインの遅延により再度批准が必要となり、その際にはテキサスの割譲を主張するヘンリー・クレイなどの西部の代表者からの反対もありましたが否決されました。結局、1821年2月19日に2度目の批准が可決され、その3日後の2月22日に批准書が交換されて正式に条約が発効しました。

この条約は、東フロリダの譲渡、アメリカが占領していた西フロリダの紛争地域の放棄、そしてメキシコ（当時のスペイン領）との国境線を確定することによって、ルイジアナ購入で不明確だった国境問題を解決し、アメリカ合衆国の初期の領土拡大政策における重要な段階を終結させました。

アメリカ合衆国はフロリダ自体に対して直接的な金銭支払いは行いませんでしたが、フロリダに居住するアメリカ国民がスペイン政府に対して持っていた法的請求権（主に損害賠償請求）を代位弁済する形で、最大500万ドルを支払うことを約束しました。これにより、1795年のピンクニー条約で認められていた、フロリダ港を経由するスペイン産品に対する特恵関税措置は維持されました。

条約の結果、1763年から1783年にかけてイギリス領だった時期もあるスペイン領フロリダ全域がアメリカ合衆国の領土となりました。同時に、アメリカ合衆国はテキサスのサビーン川西岸地域やその他のスペイン領に対する領土主張を取り下げました。

この条約によって確定された国境線は非常に長大なものでした。それはメキシコ湾から始まり、サビーン川を遡り、北緯32度線との交点からは真北にレッド川まで向かいます。レッド川に達した後は、川自体が西経100度線との交点まで国境線となります。そこからは西経100度線を真北に進み、アーカンザス川と交差する点までが国境です。アーカンザス川に達した後は、川自体がその水源地まで国境となり、水源地からは真北に北緯42度線にぶつかる点まで直線で向かいます。そして、北緯42度線を真西に進み、太平洋に至るというものでした。条約締結当時はアーカンザス川の水源地の正確な位置は不明でしたが、後に北緯42度線より南に位置することが判明したため、水源地から北緯42度線までを直線で結ぶ国境線が形成されました。この形状から、非公式には「階段状境界線（Step boundary）」とも呼ばれます。

また、スペインは1493年の教皇勅書や1513年のバルボアによる太平洋発見を根拠に、オレゴン・カントリー（北米西海岸北部）に対する広範な領土主張を行っていましたが、この条約により北緯42度線以北のオレゴン・カントリーに関する主張をアメリカ合衆国に譲渡しました。

アメリカ合衆国にとって、この条約は領土がミシシッピ川から太平洋岸まで拡大したことを意味しました。スペインにとっては、テキサスを保持し、カリフォルニアやニューメキシコをアメリカ領土との緩衝地帯とすることができた意義がありました。歴史家は、太平洋を経由した東洋との交易を目指すアダムズの構想が現実味を帯びた点において、この条約がアメリカにとって大きな収穫であったと評価しています。

条約の履行とその後の展開

アメリカ政府は1821年から1824年にかけて委員会を設置し、アメリカ国民からのスペイン政府に対する請求権の調査と処理を行いました。ダニエル・ウェブスターやウィリアム・ワートといった著名な法律家も代理請求に関わりました。委員会は1,859件の訴えを処理し、約720件以上の略奪事案を特定しました。合計500万ドルは請求者に対して公平に分配されました。この条約によってスペイン（後にメキシコ）との国境における緊張が緩和された結果、議会では陸軍予算の削減が実施され、陸軍長官ジョン・カルフーンによる軍隊近代化の提案は否決されました。

条約で画定された国境線は、テキサスやオクラホマの一部において19世紀まで不正確なまま残りましたが、概ね両国は条約を遵守しました。アメリカ合衆国は、1848年の米墨戦争の講和条約であるグアダルーペ・イダルゴ条約により、さらに広大な領土を獲得することになります。

条約の批准はスペインが1820年、アメリカが1821年に行われましたが、この間にスペインとメキシコの独立戦争が開戦しました。スペインは1821年8月にメキシコの独立を最終的に承認しました。メキシコはアダムズ=オニス条約の直接の当事者ではありませんでしたが、1831年にアメリカ合衆国との間で結ばれた1828年国境条約において、アダムズ=オニス条約で定められた国境線を追認しました。

1830年代半ばには、メキシコが自国に有利になるようサビーン川とネチェズ川を地図上で入れ替えて国境線をずらそうとしたことが判明しました。このため、テキサスの東側国境線は1836年のテキサス共和国成立まで不確定な状態が続きました。最終的な決着は、米墨戦争後のグアダルーペ・イダルゴ条約によってもたらされました。この条約でメキシコはアルタ・カリフォルニアと現在のアメリカ南西部の大半（ガズデン購入地域を除く）をアメリカに割譲しました。

もう一つの境界線問題は、テキサスがアメリカ合衆国に併合された後に発生しました。条約では、フランスとスペインが主張する境界線がレッド川（リオロッホデナケテシュ川）であり、これが西経100度線まで続くとされていました。これはジョン・メリッシュの1818年の地図に基づいていたのですが、メリッシュの地図上の100度線は実際の経度より約90マイル東にずれており、さらにレッド川自体も実際の100度線に達する約50マイル東で二股に分かれていました。テキサスは北側の支流を国境と主張し、アメリカは南側の支流を主張しました。この係争地域は1860年にテキサスによってグリア郡と命名されましたが、1896年の連邦最高裁判所の判決によりアメリカ政府の主張が認められ、オクラホマ準州に編入されることになりました。

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