アテルラナ

アテルラナ（イタリア語：Atellana）は、古代ローマ時代に広く親しまれた、一種の庶民的な滑稽劇、あるいは道化芝居です。

この劇の名称は、その発祥の地とされるカンパニア地方に位置したオスク人の古代都市アテルラ（Atella）に由来しています。元々はアテルラで生まれた地方的な演劇形式でした。

歴史と変遷

アテルラナは、当初、発祥地のオスク語で演じられていましたが、紀元前391年にローマに伝播すると、ラテン語圏の観客に合わせて内容や形式が変化しました。ただし、ローマでの上演においては、全ての登場人物がラテン語を話すわけではなく、特定の道化役だけが伝統的なオスク語を用いるというユニークな特徴を保っていました。これは、劇の起源を示すとともに、道化役の異質性や滑稽さを際立たせる効果もあったと考えられます。

古代ローマにおいて、アテルラナはしばしば、より重厚な悲劇の上演後に付随する劇として上演されました。これは「Ludi osci」とも呼ばれ、悲劇で張り詰めた雰囲気の観客をリラックスさせる役割を担っていたと推測されます。

特徴

アテルラナの最大の特徴は、台本に厳密に従うのではなく、演者の即興性に大きく依存して展開された点にあります。基本的なプロットやキャラクター設定はありましたが、具体的なセリフや細かい演技は、その場の状況や観客の反応を見ながら即興で作り上げられました。

また、この劇はプロの俳優ではなく、主に古代ローマの良家の子弟たちによって演じられました。彼らが娯楽として、あるいは教養の一環としてアテルラナを上演していたと考えられています。

劇の内容は、当時の上流階級の視点から見た庶民の生活習慣や道徳観を風刺的に描くものが中心でした。卑俗なユーモアや下ネタを含むことも多く、それが「低俗な道化喜劇」と呼ばれる所以となっています。

ストックキャラクター

アテルラナには、いくつかの典型的な、定型化されたキャラクターが登場しました。これらのキャラクターは「ストックキャラクター」と呼ばれ、後の演劇史に多大な影響を与えることになります。主なストックキャラクターは以下の通りです。

Macchus: ずる賢く、食いしん坊で、しばしば騒動を引き起こす道化役。後のコメディア・デラルテのプルチネッラに繋がる原型の一つとされる。
Bucco: 太っていて、大口を叩くが、どこか間が抜けた人物。
Manducus: 顎が大きく、貪欲に何でも食べる大食漢。
Sannio: 痩せていて、ぼんやりしているか、あるいは素早い動きを見せる道化役。アルレッキーノの原型の一つとも言われる。
Pappus: 愚かで欲深い老人。しばしば若い者にからかわれたり、災難に遭ったりする。

これらのキャラクター造形は、後世のイタリア演劇であるコメディア・デラルテ（Commedia dell'arte）や、イギリスの伝統的な人形劇であるパンチとジュディ（Punch and Judy）における登場人物の原型になったと考えられており、アテルラナが西洋演劇史に与えた影響の大きさを物語っています。

作者と作品

アテルラナの作品は、『Atellanæ Fabulæ（Ludi osci）』という作品集にまとめられていたとされます。当時の有力者である独裁者スッラ（Sulla）が自ら数作を執筆したという逸話も残っています。

特に多くの作品を残した作者としては、以下のような人物が知られています。

クィントス・ノウィエス（Quintus Novius）: スッラの時代より約50年後に活躍したとされ、『Macchus Exsul（追放されたマッククス）』、『Gallinaria（鶏小屋）』、『Surdus（耳の聞こえない者）』、『Vindemiatores（収穫者）』、『Parcus（宝物保管係）』など、約50本もの作品があったと伝えられています。
ルーキウス・ポンポニウス（Lucius Pomponius）: ボローニャ出身の劇作家で、『Macchus Miles（兵士マッククス）』、『Pytho Gorgonius』、『Pseudo-Agamemnon（偽アガメムノーン）』、『Bucco Adoptatus』、『Æditumus』といった作品が知られています。
Fabius Dorsennus: 詳細な情報は少ないですが、アテルラナの作者として名前が挙げられています。
* Mummius: 身元がはっきりしない作者ですが、オウィディウスや小プリニウスが言及しています。

ポンポニウスとノウィエスの作品断片は、後世の研究者によって収集・研究されており、古代のアテルラナを知る貴重な手がかりとなっています。

アテルラナは、その即興性、類型的なキャラクター、そして庶民的なユーモアといった特徴を通じて、古代ローマの人々に広く受け入れられました。そして、そのキャラクターや上演形式の一部は、中世を経てルネサンス期に花開くコメディア・デラルテへと受け継がれ、後世の演劇文化に lasting な遺産を残しました。

もう一度検索