アディラ・ファキーリ

アディラ・ファキーリ（Adila Fachiri）は、1889年2月26日にハンガリーのブダペストで生まれた女性ヴァイオリニストです。1962年12月15日にこの世を去るまで、妹のイェリー・ダラーニと共に、主にイングランドを拠点として演奏活動を展開しました。

本名をアディラ・アラーニ＝デ＝フニャドヴァールと名乗り、故郷ブダペストの王立音楽アカデミーで音楽の基礎を学びました。10歳を迎える頃、当時の著名なヴァイオリニストであったイェネー・フバイに師事し、本格的にヴァイオリンの研鑽を積みました。17歳で専門課程を修了（ディプロマ取得）した後、ベルリンへ留学。そこで偉大なヴァイオリニストであり、母方の血筋にあたる大おじにあたるヨーゼフ・ヨアヒムの指導を受けました。

ヨアヒムが世を去るまでその指導を受け続けた彼女は、巨匠から個人的なレッスンを受けることのできた、おそらく唯一の門下生であったと考えられています。この特別な師弟関係は、彼女のヴァイオリン演奏に計り知れない影響を与えたことでしょう。さらに、ヨアヒムの遺品である貴重なストラディヴァリウス「ヨアヒム／アラーニ」（1715年製）を相続するという、特別な縁にも恵まれました。

アディラ・ファキーリは1909年に初めてイギリスを訪れ、1915年にはロンドンで活動する法廷弁護士、アレグザンダー・ファキーリと結婚しました。この結婚を機にロンドンに居を構え、その後は主にイギリスを拠点に演奏活動を行うようになります。1924年までには、ロンドンでの定期的な演奏会に加えて、ハンガリー、オーストリア、ドイツ、イタリア、フランス、オランダといったヨーロッパの主要都市でも多くの聴衆の前で演奏を披露し、国際的な名声を確立しました。

彼女はヴァイオリニストとして、いくつかの重要な録音を遺しています。その中には、ドナルド・フランシス・トーヴィのピアノ伴奏によるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10番の演奏も含まれています。

同時代の作曲家たちからの評価も高く、ベーラ・バルトークからは2曲のヴァイオリン・ソナタを、アーサー・サマヴェルからはヴァイオリン協奏曲（1930年作曲）を献呈されています。これらの作品の献呈は、彼女の技術や表現力が、当時の最前線で活躍する作曲家たちをも魅了した証と言えるでしょう。

また、彼女のキャリアにおける特筆すべき出来事として、妹のイェリー・ダラーニとの共演による重要な初演があります。1930年4月3日、ロンドンのクィーンズホールにおいて、オスカル・フリート指揮の（旧）ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と共に、グスターヴ・ホルストが作曲した「2つのヴァイオリンのための二重協奏曲」の世界初演を行いました。姉妹ヴァイオリニストならではの息の合った演奏は、聴衆に強い印象を与えたことでしょう。

アディラ・ファキーリは、妹のイェリー・ダラーニと同様に、心霊主義や交霊術といった分野にも深い関心を寄せていました。1933年3月にロンドンで開催された交霊術集会に参加した際のエピソードは特に有名です。伝えられるところによると、その場でローベルト・シューマンの霊が現れ、「シューマン自身やヨアヒムの声」と称される声によって、長らく存在が知られていなかったシューマンのヴァイオリン協奏曲が、姉妹に託されたとされています。この出来事は、音楽史における神秘的なエピソードとして語り継がれています。

このように、アディラ・ファキーリは、卓越したヴァイオリンの技術に加え、偉大な師からの薫陶と楽器の継承、同時代の作曲家からの献呈、重要な作品の初演、そして心霊主義という特異な側面を併せ持った、20世紀前半の音楽界において独自の存在感を放ったヴァイオリニストでした。

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