アトラス・アジェナ

アトラス・アジェナは、冷戦期のアメリカ合衆国において開発・運用された代表的な使い捨て型打ち上げロケットシステムです。大陸間弾道ミサイル（ICBM）であるアトラスを原型とし、これに強力な上段ロケットであるアジェナステージを組み合わせることで、人工衛星や宇宙探査機を地球周回軌道や惑星間軌道に投入する能力を獲得しました。1960年に初めて打ち上げられて以来、1978年に運用を終えるまでの約20年間にわたり、合計119回の軌道投入ミッションに使用され、アメリカの初期宇宙開発計画において不可欠な存在となりました。

技術的な特徴

アトラス・アジェナの構成は、当時のロケットとしては特徴的な「2.5ステージ」方式を採用していました。これは、第1段のアトラスロケット自体が、離陸後に一部のエンジンを切り離すという構造を持っていたためです。

第1段 (1.5ステージ): アトラスミサイルをベースとしたこの部分は、初期には弾道ミサイルを軌道投入用に改修したアトラスD型（LV-3）が使用されました。離陸時にはブースターエンジンとサステナーエンジンの両方が同時に燃焼し推力を発生させます。高度が上がり大気密度が薄くなると、機体下部のブースターエンジンとそのフェアリングが切り離され、中央のサステナーエンジンのみが引き続き燃焼を続けるという設計でした。この方式により、機体構造の軽量化と効率的な加速を実現しています。後には、宇宙飛行専用に設計されたアトラスSLV-3、SLV-3A、SLV-3Bといった改良型が導入され、性能が向上しました。運用末期には、退役したアトラスE/Fミサイルを転用した機体も使われています。
第2段: 第1段の燃焼終了後、切り離されて作動するのがアジェナステージです。アジェナは自己完結型のロケットステージであり、その最も重要な特徴の一つは、宇宙空間でエンジンの再始動が可能であったことです。これにより、ペイロードを中間軌道に乗せた後、適切なタイミングで再度噴射して最終的な目標軌道に投入するといった、精密な軌道操作が可能となりました。アジェナの高い汎用性と信頼性は、アトラス・アジェナシステム全体の能力を大きく高める要因となりました。

運用実績と主なミッション

アトラス・アジェナは、その長い運用期間中に、偵察衛星、気象衛星、通信衛星、科学衛星、そして惑星探査機など、多岐にわたるペイロードの打ち上げに成功しました。NASAの月探査計画であるレンジャー計画やサーベイヤー計画、そしてジェミニ計画においては特に重要な役割を担いました。

ジェミニ計画における役割

NASAの有人宇宙飛行計画であるジェミニ計画は、アポロ計画の前段階として、宇宙船同士のランデブーやドッキング技術を確立することを主要な目標としていました。この計画において、アトラス・アジェナはジェミニ宇宙船のドッキング相手となる「アジェナ標的機（GATV）」を軌道に打ち上げるためのロケットとして選ばれました。

ジェミニ宇宙船は、地球周回軌道上でアトラス・アジェナによって打ち上げられたGATVに接近し、ドッキングを試みるというミッションが組まれました。しかし、このプロセスは常に順調だったわけではありません。例えば、1965年10月25日には、ジェミニ6号ミッションのためにアトラス・アジェナDによってGATVが打ち上げられましたが、アジェナステージが軌道投入に失敗し爆発するという事態が発生しました。この失敗により、ジェミニ6号は当初予定していたGATVとのドッキングミッションを遂行できなくなりました。

この想定外の事態を受け、NASAは計画を急遽変更し、ジェミニ6号を既に軌道上にあった別の有人宇宙船であるジェミニ7号にランデブーさせるという、世界初の有人宇宙船同士によるランデブーミッションを実行することになりました。この事例は、アトラス・アジェナの失敗が、結果として宇宙開発史における新たな一歩に繋がった特異なケースとして記憶されています。

打ち上げ基地

アトラス・アジェナの打ち上げは、主に以下の二つの主要な宇宙基地から実施されました。

ケープカナベラル空軍基地: フロリダ州に位置するこの基地では、特に発射台12、13、14などがアトラス・アジェナの運用に利用されました。主に東向きの軌道、すなわち赤道傾斜角の小さい軌道への打ち上げに適していました。
ポイント・アーギュエロ / ヴァンデンバーグ空軍基地: カリフォルニア州のポイント・アーギュエロにあった施設（後にヴァンデンバーグ空軍基地の一部となり、現在の宇宙軍基地の発射施設SLC-3およびSLC-4に相当）からも打ち上げが行われました。こちらは主に南向き軌道、特に極軌道への打ち上げに適しており、偵察衛星などのミッションに多用されました。

アトラス・アジェナは、その堅実な設計と長期間にわたる運用実績により、初期の宇宙開発を支え、その後の打ち上げロケット開発にも多くの知見をもたらしました。使い捨て型ロケットの歴史において、重要な一章を記したシステムと言えるでしょう。

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