アナト

アナト：ウガリット神話の愛と戦いの女神

アナト（ʿnt [‘anatu]）は、古代ウガリット神話に登場する重要な女神であり、主神バアルの妹として知られています。彼女は愛と戦いの女神であると同時に、狩猟や豊穣の女神としても崇められていました。

特徴

アナトは、嵐と慈雨の神であるバアルと深く結びついて語られることが多く、「処女、乙女 (btlt)」という称号でも呼ばれます。神話における彼女は、数々の戦いで敵を打ち倒す非常に好戦的な女神として描かれています。彼女が敵を殺戮する様は凄まじく、腰まで血の海に浸かり、死者の頭や手を腰に飾ったという逸話も残っています。また、アナトはバアルの姉妹の中で最も美しいとされ、兄バアルに対する従順さと熱烈な愛でも知られています。

キプロスでは、同じく戦いの女神であるアテーナー（古代ギリシア語: Ἀνάθ、Ἀθηνᾶ）と同一視された例もあります。アナトの持つこれらの性質は、神々の権威が一時的に失墜する移行期における女性の役割を反映していると考えられています。

神話

神殿の建造

アナトは兄バアルを深く愛しており、彼が「自分には専用の神殿がない」と嘆いた際には、最高神イルの元へ赴き、頭蓋を叩き割ると脅して神殿を要求しました。しかし、この要求は失敗に終わり、後にイルの妻であるアーシラトに贈り物をして、神殿建設の願いを叶えました。「雨を降らせる神」であるバアルの神殿を雨期の到来に間に合うように建立することは、雨を待ち望む人々の願いを象徴していました。

モートとの争い

バアルを殺害したモートに対し、アナトは激しい復讐を果たします。モートを切り刻み、箕でふるい、焼き払い、臼でひいて畑に撒くという壮絶な方法で復讐を遂げました。モートの死体を畑に撒いた後、バアルは復活し、その7年後にはモートも復活しました。この出来事は、数年ごとに繰り返される豊作と不作の周期を反映していると考えられています。

アナトの殺戮

バアルが海の神ヤム＝ナハルを倒し、自分の神殿を完成させた祝賀会が開かれた後、アナトは突如として殺戮の衝動に駆られます。神殿に招いた兵士たちを殺しつくし、膝まで血の中に浸かって喜んだとされています。その後、雨水で身体を清め、竪琴を奏でながらバアルたちへの愛を歌いました。また、アナトは、ヤム＝ナハルと関連する生き物であるレビヤタンをバアルと共に倒したとも伝えられています。

天の弓

ある時、アナトはハルナイム（ハラナムとも）の王ダニルウ（ダニエルとも）が工芸神コシャル・ハシスに依頼して息子アクハトのために作らせた特別な弓を手に入れようと考えました。彼女はアクハトに金や銀、不死の命と引き換えに弓を譲るように持ちかけますが、アクハトはこれを拒否します。怒ったアナトはイルの下へ行き、アクハトに復讐することを告げます。イルは彼女を咎めますが、彼女は聞き入れず、自身に仕える戦士ヤトパン（ヤプタンとも）を送り込み、アクハトを殺害させました。アクハトの死と共に地上に乾期が訪れ、アナトは自身の行いを後悔します。アクハトの姉妹であるプガトは喪が明けた後、復讐を誓い、アクハトの仇であるヤトパンを探し出して殺害しました。その後の物語の詳細は粘土板の消失により不明ですが、おそらくアクハトは蘇生し、地上には再び雨が降るようになったと考えられています。

アナトは、ウガリット神話において、愛と戦い、豊穣を司る複雑で魅力的な女神として描かれています。

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