アブソルーション

ミューズ『アブソルーション』

『アブソルーション』（Absolution）は、イギリスを代表するロックバンド、ミューズが2003年にリリースした通算3枚目のスタジオ・アルバムです。この作品は、彼らにとって母国イギリスで初の全英アルバムチャート1位をもたらし、その後の世界的な成功への道筋を決定づけた重要なアルバムとして位置づけられています。

制作背景

本作の制作が開始される前年、ミューズはアメリカのレーベルであるマヴェリック・レコーズとの契約を解消するという出来事を経験しました。これは、特に前作『オリジン・オブ・シンメトリー』の北米でのリリースが大幅に遅れるなど、バンドが意図する活動展開とレーベル側の意向との間にずれが生じたことが主な要因でした。この契約解消を受け、バンドは当面ヨーロッパ市場を中心に活動していくことを決めます。しかし、彼らの革新的な音楽は、システム・オブ・ア・ダウンのサージ・タンキアンといったミュージシャンからも注目を集めていました。タンキアンは自身のレーベルからの契約を打診しますが、マヴェリック側が契約解除の条件として多額の移籍金を要求するという事態に発展します。結果的に、タンキアンを介さず、ワーナー・ブラザースが直接ミューズとの契約を進め、2003年にメジャーレーベルとの新たなパートナーシップが確立されました。こうしたレーベルを巡る複雑な状況の終焉は、フロントマンであるマシュー・ベラミーの作詞にも大きな影響を与えたとされています。また、アルバム制作の時期は、イラク戦争の開戦やアメリカ同時多発テロ事件、それに伴う様々な陰謀論が広く議論されていた時期であり、こうした世界情勢や社会的な不安も、アルバム全体を覆うシリアスで終末的なテーマに深く関わっています。

作曲からレコーディングへ

楽曲制作は、2002年初頭にブライトン郊外の古風なカントリーハウスを6ヶ月間借りて、集中的に行われました。この合宿のような環境で、バンドは外部から隔絶されて作曲に没頭することができました。マシュー・ベラミーはこの時期、ミニマルミュージックの作曲家テリー・ライリーの作品に触発され、ピアノを用いて多くの楽曲の原型を作り上げています。同年後半からは、ロンドンのAIRスタジオでレコーディングがスタート。初期セッションにはジョン・コーンフィールドやポール・リードといったプロデューサーが参加し、「バタフライズ・アンド・ハリケーンズ」や「ブラックアウト」などが録音されました。その後、アメリカから招聘された音楽プロデューサー、リッチ・コスティが合流し、アルバム全体のサウンドを統括するプロデューサーを務めました。レコーディング手法としては、バンドの一体感を捉えるためにまず全体を一発で録音し、その上に必要なパートを重ねるオーバーダビングを行うという、彼らが以前から用いているスタイルを踏襲しました。

革新的なサウンドデザイン

『アブソルーション』のサウンドは、ミューズのトレードマークであるダイナミックさと、新たなサウンドテクスチャーの探求が融合したものです。マシュー・ベラミーは愛用するMansonカスタム・ギターに加え、MarshallやDiezelといったアンプを組み合わせて、パワフルかつ多様なギターサウンドを構築しました。ベーシストのクリス・ウォルステンホルムは、クリーン、ディストーション用として3台のMarshallアンプを同時に使用し、ベースサウンドに独特の奥行きと重厚感を与えています。技術的な側面では、特にシンセサイザーやデジタル処理が積極的に導入されました。例えば、「ストックホルム・シンドローム」の冒頭の印象的なリフには、クラビアのシンセサイザー「Nord Modular」のヴォコーダー機能を用いることで、空洞的でノイジーな特殊なサウンドが生み出されています。「タイム・イズ・ランニング・アウト」のイントロで聴かれる重厚なベース音は、ローランドのシンセサイザーとMarshallアンプを組み合わせたものです。さらに、Kymaという視覚プログラミング言語に基づくサウンドデザインシステムが使用され、これによってマシュー・ベラミーが語る「とんでもなくハイファイで明るく、未来的なサウンド」が実現されました。最終的なミキシングはリッチ・コスティが担当し、過度なリバーブを控えめにすることで、マイクで捉えられた楽器本来の響きや空間の自然なアンビエンスを重視したサウンドに仕上げられています。

アートワークとリリース

アルバムのカバーアートは、ピンク・フロイドなどの作品で知られる伝説的なデザイナー、ストーム・ソーガソンが手がけました。バンドからの要望に基づき、「空を見上げる人物が、頭上を通り過ぎる空飛ぶ人々の巨大な部隊を目撃する」というテーマが視覚化されており、アルバムの持つ終末的、あるいは神秘的な世界観を象徴しています。

『アブソルーション』は、2003年9月15日に日本で先行発売され、オリコン週間アルバムチャートでは28位にランクイン。母国イギリスでは9月22日にTaste Mediaよりリリースされ、彼らにとって初の全英アルバムチャート1位という快挙を達成しました。アメリカではワーナー・レコードから発売され、Billboard 200で107位、そして新人アーティスト向けのTop Heatseekersチャートでは1位を記録。これにより、ミューズはアメリカ市場への本格的な足がかりを掴みました。セールス面でも成功を収め、イギリスでは2013年にマルチプラチナ、アメリカでは2016年にプラチナ認定を受けています。

シングルと後世の評価

本作からは複数のヒットシングルが生まれました。「タイム・イズ・ランニング・アウト」は全英シングルチャートで8位を記録し、バンドにとって初のトップ10ヒットとなり、イギリスとアメリカでゴールド認定を受けました。他にも「ヒステリア」（全英17位）、「シング・フォー・アブソルーション」（全英16位）、「バタフライズ・アンド・ハリケーンズ」（全英14位）などがシングルカットされ、アルバムの成功を後押ししました。

『アブソルーション』は、リリースから時を経ても高い評価を維持しています。イギリスの音楽雑誌『ケラング!』が2009年に発表した「21世紀のベスト・アルバム」リストでは、見事2位に選出されるなど、現代ロック史における重要作として広く認識されています。

20周年記念盤

2023年11月17日には、アルバムの発売20周年を記念し、リマスターが施された『Absolution XX Anniversary』がリリースされました。この記念盤には、オリジナル収録曲の高音質リマスター音源に加え、未発表のボーナストラック、ライブ音源、デモ音源などが多数収録されており、本作の制作過程や当時のライブパフォーマンスを知る上で貴重な内容となっています。

『アブソルーション』は、ミューズがその音楽性を確立し、世界へと飛躍するきっかけとなった傑作であり、今もなお多くのリスナーに愛され続けています。

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