アプヴェーア

アプヴェーア：ドイツ軍情報機関の光と影

アプヴェーア（Abwehr）は、ドイツ国防軍（ヴァイマル共和国軍）に1921年に設立された情報機関です。名称はドイツ語で「防衛」を意味し、当初は防御的な諜報活動に限定される予定でしたが、実際には国内外の諜報活動に広く関与しました。最盛期には16,000人を超える人員を擁し、その活動は第一次世界大戦後から第二次世界大戦終結間際の1944年5月まで続きました。

設立と初期の活動

第一次世界大戦後、連合国の監視下にあったドイツは、軍事的活動を制限されていました。アプヴェーアの設立は、そのような状況下で、限定的な情報収集を目的としたものでした。初期の組織は小規模で、諜報活動は外国雑誌の分析など受動的なものから始まりました。しかし、次第に活動範囲を拡大し、スパイによる情報収集（ヒューミント）や特殊部隊の運用なども行うようになりました。

初代部長はフリードリッヒ・ゲンプ少佐でしたが、1930年代にナチス党が台頭すると、アプヴェーアは政治的圧力にさらされることになります。1932年にはコンラート・パッツィヒ海軍大佐が部長に任命されましたが、彼は親衛隊（SS）との対立などを経て1935年に解任されました。

カナリスとアプヴェーアの変遷

パッツィヒの後任として、ヴィルヘルム・カナリス海軍大佐が部長に就任します。カナリスはナチス党員ではありませんでしたが、表面上はナチス政権に従順な姿勢を示しながら、密かに反ナチス活動にも関わっていたとされています。彼の在任期間中、アプヴェーアは再編成され、組織は拡大しました。

再編成後のアプヴェーアは、大きく3つの部門（中央管理部、外国部、情報部）から構成され、情報収集、破壊工作、防諜活動など、多岐にわたる活動を行いました。情報部はさらに複数の課に細分化され、それぞれが特定の地域や分野を担当していました。中でも特殊部隊「ブランデンブルク」は、アプヴェーアの特殊作戦能力を象徴する存在でした。

アプヴェーアは、陸軍、海軍、空軍と連携し、情報交換なども行っていました。しかし、親衛隊（特にラインハルト・ハイドリヒやヴァルター・シェレンベルクら）との間では、情報活動や権力などを巡る激しい競争と対立がありました。

第二次世界大戦とアプヴェーアの活動

第二次世界大戦が始まると、アプヴェーアは様々な諜報活動を行いました。初期はいくつかの成功を収めましたが、親衛隊との競争や内部の反ナチス運動への関与などにより、次第に活動は困難を極めるようになります。

カナリスは、アメリカへの諜報活動にも力を入れていました。アメリカ国内には多数の情報員が潜入しており、重要な軍事情報を収集していました。一方、カナリスは中立国との関係維持にも尽力し、スイスやスペインへの侵攻阻止にも貢献したとされています。

しかし、カナリスやアプヴェーアの幹部の一部は、ヒトラー暗殺未遂事件（7月20日事件）にも関与していたことが明らかになり、アプヴェーアの終焉を早めました。

アプヴェーアの終焉

1943年の「ゾルフ夫人のお茶会」事件や、イギリスへの暗号コード流出に関する誤情報など、いくつかの出来事がアプヴェーアへの批判を招きました。1944年2月、ヒトラーはカナリスを罷免し、アプヴェーアは解体されました。その機能は親衛隊の国家保安本部に吸収され、アプヴェーアの活動は終止符を迎えました。

アプヴェーアとナチス政権

アプヴェーアは、ナチス政権との複雑な関係にありました。カナリスをはじめとする多くの幹部は、ナチス政権に反発する姿勢を取っていましたが、表面上は服従することで組織の存続を図っていました。しかし、その二重性ゆえに、アプヴェーアは常に政権からの監視下にあり、最終的には解体という運命を辿ることとなりました。

歴代部長

フリードリヒ・ゲンプ
ギュンター・シュヴァンテス
フェルディナント・フォン・ブレドウ
コンラート・パッツィヒ
ヴィルヘルム・カナリス
ヴァルター・シェレンベルク（国家保安本部第六局に統合）

アプヴェーアの歴史は、諜報活動の複雑さ、そして権力闘争の激しさ、そしてナチス政権下での困難な選択を浮き彫りにするものです。その活動は、歴史研究においても重要なテーマとなっています。

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