アベル・ガンス

アベル・ガンス：フランスが生んだ映画の魔術師

アベル・ガンス (1889年10月25日 - 1981年11月10日) は、20世紀フランスを代表する映画監督、脚本家、そして俳優でした。彼の名は、革新的な映像技術と、観客を圧倒するドラマ性あふれる演出で、世界中の映画人に知られています。「ヨーロッパのグリフィス」と称されることもある彼は、サイレント映画時代のフランス映画界に革命をもたらした人物の一人と言えるでしょう。

パリから世界へ：初期の経歴と映画への道

1889年、パリで医師の家に生まれたガンスは、学校を中退後、弁護士事務所で働いていました。しかし、彼を惹きつけたのは演劇の世界でした。19歳の時、ブリュッセルで俳優として舞台デビューを果たします。この時出会ったブレーズ・サンドラールは、後のガンスの重要な協力者となります。

その後パリに戻ったガンスは、俳優として映画にも出演し始めます。映画製作にも関心を持ち、自らシナリオを書き、映画会社ゴーモンに売り込むなど、映画界でのキャリアを着実に築いていきました。1911年には友人たちと共に製作プロダクション「ル・フィルム・フランセ」を設立し、『La digue』で監督デビューを果たします。

劇作家を目指した時期もありましたが、第一次世界大戦の勃発などが影響し、その夢は実現しませんでした。しかし、この経験が後の彼の映画製作に影響を与えたことは間違いありません。

戦争と実験：初期作品の挑戦

第一次世界大戦中、ガンスは毒ガス工場に配属されますが、結核を患い除隊。この戦争体験は、彼に強い衝撃を与え、『戦争と平和』(原題:J'accuse)の制作へと繋がりました。

この時代、ガンスは実験的な映画制作に没頭します。1916年の『チューブ博士の狂気』では、凹面鏡を用いた歪んだ映像表現に挑戦しました。また、1918年の『第十交響曲』など、商業的な成功を収めた作品も生み出しています。これらの作品は、彼の独創性と実験精神を如実に示しています。

映画史に残る傑作と挑戦：加速的モンタージュと『ナポレオン』

1923年、ガンスは彼の代表作の一つ『鉄路の白薔薇』を世に送り出します。この作品では、革新的な「加速的モンタージュ」と呼ばれる手法を用い、極端に短いショットを次々と繋ぎ合わせることで、リズミカルでダイナミックな映像を作り出しました。この手法は、後の映画作家たちに大きな影響を与えたと言われています。

1927年には、彼の名を不朽のものとした大作『ナポレオン』を発表します。その上映時間はなんと12時間に及び、3台のカメラを使用し、3面のスクリーンに映像を映し出すトリプル・エクラン（ポリビジョン）という革新的な上映方法も採用しました。しかし、この壮大な作品は興行的には成功せず、ガンスにとって大きな苦い経験となりました。その後も、彼は『ナポレオン』を何度も改訂し、サウンド版や新しいシーンを追加するなど、生涯をかけてこの作品を完成させようとしていました。

後半生と『ナポレオン』の復活

第二次世界大戦後も、ガンスは精力的に映画制作を続けました。1963年の『Cyrano et d'Artagnan』を最後に映画監督としてのキャリアを終えましたが、その後もテレビ映画や『ナポレオン』の改訂版制作など、映画界に貢献し続けました。

晩年、サイレント映画史研究家であるケヴィン・ブラウンローの尽力により、『ナポレオン』の復元版が完成。1981年、フランシス・フォード・コッポラ監督が関与した4時間版が世界中で公開され、大きな反響を呼びました。ガンスは、その上映の様子を病床で聞き、「やっと」とつぶやいたと言われています。同年11月10日、パリで彼はこの世を去りました。

アベル・ガンスの遺産

アベル・ガンスは、大胆な実験と情熱的な演出で、映画表現の可能性を無限に広げました。彼の作品は、今日でも世界中の映画作家たちにインスピレーションを与え続けており、映画史における彼の功績は計り知れないものがあります。彼の名は、革新と表現の自由を追求し続けた、真の映画の巨匠として、永遠に記憶されるでしょう。

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