アラン・ヒルズ84001

アラン・ヒルズ84001 (ALH84001)とは

アラン・ヒルズ84001（ALH84001）は、南極大陸で見つかった、火星を起源とする岩石のかけらです。この隕石が科学界、そして世界中で大きな注目を集めたのは、その内部に微生物の化石ではないかと考えられる痕跡が発見されたためです。この発見は、地球外生命の存在を示す証拠ではないかと期待されましたが、その解釈については現在も科学的な議論が続いており、決定的な結論には至っていません。

発見とその来歴

ALH84001は、1984年12月27日に南極隕石探査（ANSMET）プログラムの調査チームによって、南極横断山脈の東端に位置するアラン・ヒルズで発見されました。発見当時の重さは1.93キログラムでした。この調査チームが発見した7000個以上の隕石の一つとして採取されました。

アメリカ航空宇宙局（NASA）の分析によると、ALH84001は約36億年前に火星で発生した火山活動によって形成された溶岩が固まってできた岩石だと推定されています。その後、約1300万年から1600万年前に、別の小惑星が火星に衝突した際に生じた衝撃で、この岩石の一部が宇宙空間へと放出されました。放出された破片は1000万年以上もの長い間、太陽系の中を漂流し続けた後、約1万3000年前に地球へ落下したと考えられています。

これらの長い時間を経た来歴は、サマリウム-ネオジム法、ルビジウム-ストロンチウム法、カリウム-アルゴン法といった放射性同位体を用いた年代測定や、放射性炭素年代測定などの様々な手法によって推定されました。

微生物の痕跡を巡る議論

ALH84001が特に有名になったのは、1996年にNASAのデイヴィッド・マッケイ博士を中心とする研究チームが、科学誌『サイエンス』に発表した論文がきっかけです。彼らは「火星での古代生命の探索：火星隕石ALH84001中の生物活動の名残の可能性」と題する論文で、ALH84001の内部に過去の火星における微小生命の活動を示す可能性のある痕跡が含まれていると報告しました。

彼らが生命活動の証拠候補として挙げた点は主に以下の通りです。

炭酸塩の存在とその形成条件: ALH84001に含まれる炭酸塩が、比較的高温ではなく、生命が存在しうるような温度環境で形成されたことを示唆する特徴を持っていたこと。
有機物の検出: 隕石から多環芳香族炭化水素（PAHs）などの有機物が検出され、特に炭素同位体の比率（炭素13の比率が低い）が、地球上の生物活動によって生成される有機物の特徴と類似していたこと。
磁性粒子の特徴: 隕石中の微細な磁性粒子（磁鉄鉱）の形状や構造が、特定の種類のバクテリアが体内で生成する磁鉄鉱の結晶と似ていたこと。
微細な構造体: 電子顕微鏡で観察された、非常に小さな鎖状や楕円形の構造体が、既知の極小細菌やナノバクテリアと呼ばれる微小生命体の化石に似ていたこと。

特に、最後の微細構造体は直径が20ナノメートルから100ナノメートルと非常に小さく、もしこれが生命体であったとすれば、極小細菌のような極めて小さな生物であると推測されました。

このNASAチームの発表は世界中に大きな衝撃を与え、「火星に生命がいたのではないか」という希望を抱かせました。しかし、これらの証拠候補が本当に生命活動の痕跡なのか、それとも無機的なプロセスによっても形成されうる構造や物質なのかを巡って、科学界では激しい議論が巻き起こりました。その後の詳細な研究や他の研究チームによる検証の結果、上記の証拠候補のそれぞれについて、生命活動とは異なる無機的なプロセスによっても説明が可能であるとする反論や代替的な解釈が提示されました。

例えば、炭酸塩は生命に適さない高温でも形成されうることが示されたり、有機物や磁性粒子も生命とは無関係な化学反応や地質的なプロセスで生成される可能性が指摘されました。微細構造体についても、高温での鉱物形成や地球上のコンタミネーション（汚染）など、生物由来ではない形成メカニズムが提案されました。

現在に至るまで、ALH84001に含まれる構造や物質が、過去の火星における生命活動の確固たる証拠であるという結論は得られていません。しかし、ALH84001の研究は、火星における生命探査の可能性を示すものとして、その後の惑星科学や宇宙生物学の研究に大きな影響を与え続けています。

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