アリドアメリカ

概要

アリドアメリカ（Aridoamerica）は、メキシコ北部からアメリカ合衆国南西部にかけて広がる、乾燥した気候を特徴とする広大な地域区分です。この地域は、生態学的観点だけでなく、文化的なまとまりとしても捉えられており、特に乾燥に強い豆であるテパリービーン（Phaseolus acutifolius）が重要な食料源として存在することが、その文化的定義の一つとされています。

地理的には、南部や東に位置する、より湿潤で緑豊かなメソアメリカ（中央メキシコから中央アメリカにかけて）、および北方に点在する比較的穏やかな気候のオアシスアメリカと対比されます。ただし、これらの地域区分は厳密な境界を持たず、互いに overlapping（重なり合う）領域が存在します。

用語の成立と概念

「アリドアメリカ」という用語は、1985年にアメリカ合衆国の人類学者ゲーリー・ポール・ナバーンによって提唱されました。これは、先行するアルフレッド・L・クローバーやパウル・キルヒホフといった人類学者の、砂漠地帯における文化的実体に関する研究に基づいています。特にキルヒホフは、1954年の論文で「乾燥アメリカ」（Arid America）という言葉を使い、採集を主とする文化を指すものとして提案しました。

メキシコの人類学者ギイェルモ・ボンフィル・バターヤは、アリドアメリカとメソアメリカの区別が、コロンブス以前のメキシコの歴史を理解する上で有効であるとしながらも、その境界は固定されたものではなく、気候変動に応じて変化する「可変な境界」であると指摘しています。彼は、アリドアメリカの住民が「不安定で変動するフロンティア」に暮らしつつ、常に南方にあるメソアメリカの文明と繋がりを持っていたと述べています。

自然環境と先住民の生活

アリドアメリカの気候は非常に乾燥しており、年間降水量はわずか120ミリから160ミリ程度です。この限られた降水によって、季節的に水が流れる渓流や一時的な水たまりが形成されます。このような厳しい環境は、この地に暮らした先コロンブス期の人々に、独自の文化や農業技術を発達させることを促しました。

ナワ族は、アリドアメリカの草原に住む狩猟採集民を総称して「チチメカ」と呼んでいました。彼らは、リュウゼツラン、ユッカの花、メスキートの実、チアシード、そしてノパルなどのサボテン類を含む、多様な野生植物を採集して食料としました。特にアオノリュウゼツランは、この地域において非常に重要な資源でした。

農業も行われていましたが、その形態は地域によって異なります。乾燥への適応力が高いテパリービーンは、アリドアメリカに最も多くの種類が見られ、この地で栽培が始まった可能性が考えられています。一方、トウモロコシは紀元前2100年頃には栽培が伝わっていましたが、その伝来経路（ユト・アステカ族の移住によるものか、南方や北方の文化交流によるものか）については、現在も考古学者の間で議論があります。

バハ・カリフォルニア半島のような地域では、漁労と狩猟が主要な食料獲得手段であり、これにドングリやノパル、松の実といった野生植物の採集が加わりました。

また、アリドアメリカの先住民は、独特の技術も発展させていました。例えば、ヤナギの木を伐採して切り株から出る若芽を使い、水を通さない丈夫な調理用かごを編みました。このかごの中に粥などを入れ、火で熱した石を投入することで調理を行いました。

アリドアメリカを構成する主な砂漠

アリドアメリカには、広大で多様な砂漠地帯が含まれます。

チワワ砂漠：標高は600メートルから1700メートルと変化に富み、サン・アンドレス山脈、ドニャアナ山脈、フランクリン山脈などの山脈を含みます。この砂漠は、西シエラ・マドレ山脈と東シエラ・マドレ山脈に挟まれた雨蔭（あまかげ）に位置し、両山脈が海からの湿った空気を遮ることで乾燥しています。チワワ砂漠は、西半球で最も生物多様性が高く、特にサボテンの種類は世界のどの砂漠よりも豊富です。リュウゼツラン、ユッカ、メキシコハマビシなども広く見られます。
ソノラ砂漠：アメリカ合衆国南西部の南西部に位置し、アメリカ南西部の砂漠の典型的な風景として知られています。年間降水量は100ミリから300ミリ程度です。この砂漠の象徴ともいえるサワロサボテンは、この地の固有種です。ソノラ砂漠は、サワロ以外にも非常に多様な植物が見られ、世界のどの砂漠よりも多くの植物種を擁しています。
* モハーヴェ砂漠：アリドアメリカの北西端を占めます。地形的には、すぐ北にあるグレートベースン砂漠とよく似ています。年間降水量は150ミリ未満と非常に乾燥しており、標高は900メートルから1800メートルの範囲にあります。モハーヴェ砂漠を代表する植物はジョシュアツリーで、高さ12メートルにも達し、樹齢は1000年近いと考えられています。パリー・ソルトブッシュやモハーヴェ・セージといった固有種や、メキシコハマビシも見られます。

現在の行政区分における範囲

アリドアメリカの範囲は、現在のメキシコのいくつかの州にまたがっています。具体的には、アグアスカリエンテス州、バハ・カリフォルニア州、バハ・カリフォルニア・スル州、コアウイラ州、チワワ州、ドゥランゴ州、ヌエボ・レオン州、サン・ルイス・ポトシ州、ソノラ州、タマウリパス州、サカテカス州がその大部分を占めています。また、イダルゴ州、グアナフアト州、ケレタロ州、ハリスコ州、シナロア州の北部もアリドアメリカに含まれます。

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