アリラン (2011年の映画)

『アリラン』(2011)は、韓国映画界の鬼才、キム・ギドク監督が自身の3年間を映し出した異色のドキュメンタリー作品です。2008年の問題作『悲夢』以降、突如として表舞台から姿を消した監督の、山での生活、そして心の内面を克明に描いた、いわば監督自身の自画像ともいえる作品と言えるでしょう。

映画のタイトルにもなっている『アリラン』は、朝鮮半島を代表する民謡です。古くから人々の苦しみや喜びを歌い継がれてきたこの民謡は、本作において監督自身の心の軌跡を象徴的に表現していると言えるでしょう。監督は、自身の映画制作に対する苦悩、社会や他者との摩擦、そして自己との葛藤といった複雑な感情と向き合います。山での生活を通して、自然と対峙し、内省を深めていく監督の姿は、観る者に静かな感動を与えます。

映画は、監督が山籠もりをする様子から始まります。荒々しい自然の中で、監督は自分の肉体と向き合い、過酷な労働を通して精神的な鍛錬を重ねます。画面には、監督の汗と涙、そして自然の厳しさが映し出され、言葉にならない感情が画面から伝わってきます。単なる生活記録にとどまらず、監督の精神的な変容のプロセスが、まるでドキュメンタリーと内省的な自己表現が融合したかのような、独特な映像表現で描かれています。

2011年5月、第64回カンヌ国際映画祭のある視点部門で上映された『アリラン』は、高い評価を受け、同部門の賞を受賞しました。カンヌでの授賞式では、監督が涙ながらに『アリラン』を歌う感動的なシーンがありました。しかし、日本の劇場公開版では、このシーンがカットされたことが話題となりました。このシーンは、監督の心の変化、そして作品への強い思いが凝縮された重要なシーンであり、カットされたことによって、作品全体への解釈にも影響を与える可能性がありました。このカットの理由について、様々な憶測が飛び交いましたが、公式な説明は未だにありません。

『アリラン』は、単なる監督のプライベートな記録映画ではありません。それは、現代社会における人間の存在意義、芸術家としての苦悩、そして再生への過程を問いかける、力強いメッセージを含んだ作品です。監督自身の内面を映し出す鏡として、そして現代社会に生きる私たち自身の内面を映し出す鏡として、この作品は観る者の心に深く刻まれることでしょう。キム・ギドク監督の他の作品とは一線を画す、静謐で、かつ重厚な作品として、『アリラン』は現代の映画史に新たな一章を刻んだと言えるのではないでしょうか。

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