キム・ギドク

キム・ギドク：波乱に満ちた韓国映画界の巨匠とその影

1960年生まれの韓国人映画監督、キム・ギドク。過酷な労働と軍隊生活を経て、パリで映画の虜になった彼は、1996年、低予算映画『鰐〜ワニ〜』で監督デビューを果たします。その後、数々の衝撃的な作品を発表し、国際的な名声と高い評価を得る一方、性的暴行疑惑という暗い影も背負うことになります。

貧困と軍隊、そして映画への目覚め

慶尚北道奉化郡で生まれたキム・ギドクは、17歳から工場で働き、20歳で海兵隊に入隊。5年間の軍隊生活は、彼の人生観に大きな影響を与えたと言われています。しかし、その厳格な規律の中で培われた規律正しさは、後の彼の映画制作スタイルにも表れてくることでしょう。1990年、彼は絵画の勉強のためフランスへ渡ります。パリで見た映画『羊たちの沈黙』と『ポンヌフの恋人』は、彼の運命を大きく変えました。これらの作品に感銘を受け、映像表現に魅せられたキム・ギドクは帰国後、脚本執筆に没頭します。

国際的な評価と衝撃的な作品群

1996年の監督デビュー後、キム・ギドクは『魚と寝る女』(2000)や『受取人不明』(2001)といった作品でヴェネツィア国際映画祭に出品され、ヨーロッパを中心に高い評価を得ます。韓国国内でも『悪い男』(2001)は大きなヒットを記録、さらに第52回ベルリン国際映画祭にも出品されました。その後の『春夏秋冬そして春』(2003)は韓国映画界最高の栄誉である大鐘賞と青龍賞の作品賞を受賞、全米でも大ヒットを記録しました。また、『サマリア』(2004)と『うつせみ』(2004)では、それぞれベルリン国際映画祭とヴェネツィア国際映画祭で銀熊賞と銀獅子賞を受賞するなど、彼の才能は国際的に認められました。

しかし、彼のキャリアは順風満帆ではありませんでした。2008年、映画『悲夢』の撮影中に起きた事故は、彼に大きな衝撃を与えます。自殺未遂シーンを演じていた女優が実際に命を落としかけるという事故です。この事故の後、キム・ギドクは3年間、世俗から離れて山小屋で隠遁生活を送りました。その経験を元に制作されたドキュメンタリー映画『アリラン』(2011)は、カンヌ国際映画祭のある視点部門作品賞を受賞しました。2012年には『嘆きのピエタ』でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を獲得するなど、彼は映画界への復帰を果たします。

性的暴行疑惑と晩年

しかし、2017年以降、キム・ギドクは性的暴行疑惑に揺れることになります。女優に対する暴力や性的行為を強要したとして告訴され、罰金刑が確定。さらに、複数の女優からセクシャルハラスメントや性的暴行を訴えられ、裁判で敗訴しました。これにより、韓国映画界での活動は事実上不可能となり、彼はロシアやキルギスなどへ拠点を移して映画制作を続けました。

晩年は、カザフスタンでの映画製作や、ラトビアでの移住計画を立てている最中に、新型コロナウイルス感染症によりラトビアで死去しました。59歳でした。彼の死後、2019年にキルギスで撮影された遺作『Kõne taevast(Call of God)』が2022年のヴェネツィア国際映画祭で上映されました。

数々の受賞歴

キム・ギドクは、そのキャリアの中で数々の賞を受賞しました。ヴェネツィア国際映画祭、ベルリン国際映画祭、カンヌ国際映画祭など、世界的な映画祭で高い評価を受けました。特に、『春夏秋冬そして春』や『嘆きのピエタ』は、彼の代表作として広く知られています。

まとめ

キム・ギドクは、類まれな才能と過激な表現で知られた映画監督でした。彼の作品は、人間の深層心理や社会の闇を鋭くえぐり出し、世界中の観客を魅了しました。しかし、その一方で、性的暴行疑惑という暗い影を背負い、晩年は苦悩に満ちた日々を送りました。彼の波乱万丈な生涯は、私たちに多くのことを考えさせます。彼の功績と問題点を理解し、客観的に評価することが重要です。彼の映画は、これからも人々の議論と考察の対象であり続けるでしょう。

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