アリー・ハサン・アル＝マジード

アリー・ハサン・アル＝マジード：サッダーム政権の影と、その悲惨な結末

アリー・ハサン・アル＝マジード（1941年11月30日-2010年1月25日）。この名は、サッダーム・フセイン政権下で、数々の残虐行為に関与した人物として知られています。サッダームの父方従兄弟にあたる彼は、イラク陸軍中将として、大統領顧問、バアス党幹部など要職を歴任しました。その冷酷非道な振る舞いから「ケミカル・アリー」という異名で呼ばれ、中東圏では「キマーウィー」（化学屋）という同様のあだ名で恐れられました。

経歴：初期からバアス党の中枢へ

ティクリート近郊の村で生まれたアリー・ハサンは、ほとんど教育を受けませんでした。1968年のバアス党クーデター以前は、ハッバニーヤ基地のオートバイ伝令兵として働いていましたが、クーデターに参加するために除隊。その後、サッダームと共にバアス党活動に身を投じます。

クーデター後は正式な党員となり、ハマド・シハーブ・アッ＝ティクリーティー国防相の副官を務めました。その後、バアス党地域指導部メンバー、軍事局長、そして内務省傘下の秘密警察組織のトップにまで上り詰めます。その地位を利用して、彼はイラクにおける警察国家体制の構築に大きく貢献しました。

アンファール作戦：クルド人への弾圧

1987年から1988年にかけて行われたアンファール作戦は、アリー・ハサンの残虐性を世界に知らしめることになります。彼は、クルド人ゲリラへの鎮圧作戦において、軍、治安機関、情報機関を掌握し、クルド人住民への徹底的な弾圧を指揮しました。

作戦は、ゲリラの即時処刑、街や村の襲撃、農地の破壊、無差別爆撃、住民の強制移住、そして化学兵器の使用と、想像を絶する残酷さで実行されました。ハラブジャ事件はその最悪の例であり、数千人の民間人が犠牲となりました。アリー・ハサンは、作戦において「動くものは全て殺害する」という命令を出したとされ、15歳から50歳までの男性数万人を処刑したとされています。その冷酷さから、彼はクルド人から「クルディスタンの屠殺者」と呼ばれ恐れられました。

湾岸戦争と反政府蜂起の鎮圧

1990年のクウェート侵攻において、アリー・ハサンは侵攻作戦の司令官を務めました。クウェート占領中は、抵抗運動の弾圧や略奪を行い、国際社会からの非難を浴びました。

湾岸戦争終結後の1991年、シーア派住民による反政府蜂起（1991年インティファーダ）が発生すると、アリー・ハサンは内務大臣に任命され、反乱の鎮圧を指揮しました。この鎮圧作戦もまた、女性や子供を含む多くの犠牲者を出しました。残虐な殺害方法や、シーア派モスクの破壊なども行われました。

その後も、クルド人勢力の鎮圧や、クーデター未遂事件への対応など、様々な場面で冷酷な弾圧を繰り返しました。その過程で、彼は一族の不名誉を理由に、サッダームの命によって自身の甥を殺害するなど、冷酷な一面を見せています。

イラク戦争と逮捕、裁判

イラク戦争が始まると、アリー・ハサンは米軍の攻撃目標となりました。一時は死亡したと報じられましたが、実際は生き残っており、アメリカ軍に拘束されました。

2004年から、彼は人道に対する罪、大量虐殺罪、民族浄化など、数々の罪で訴追されました。裁判では、強気な態度を崩さず、罪状を否認し続けました。しかし、検察側は、化学兵器使用や住民虐殺を指示した証拠となる録音テープなどを証拠として提示。アリー・ハサンは、一部の容疑を認めながらも、罪状を全面的に否定し続けました。

死刑判決と執行

アンファール作戦、1991年インティファーダ、サドル師暗殺事件への関与など、複数の罪状で死刑判決を受けました。2010年1月25日、ハラブジャ事件の容疑で、アリー・ハサンは絞首刑によって処刑されました。彼の死は、サッダーム政権下の残虐行為の象徴として、世界に衝撃を与えました。彼の残したものは、数えきれないほどの犠牲者と、二度と繰り返してはならない歴史の教訓です。

もう一度検索