アルクティカ級砕氷船

アルクティカ級砕氷船は、ソビエト連邦およびその後継国家であるロシア連邦によって建造、運用された原子力砕氷船の船級です。公称船型は10520型原子力砕氷船と呼ばれ、砕氷船としては世界でも最大級の規模を誇ります。

建造経緯

北極海航路、特にムルマンスクからベーリング海峡に至る区間における年間を通じた安定した航行を実現するため、ソ連は世界初の原子力砕氷船「レーニン」を1959年に竣工させました。しかし、「レーニン」に搭載された初期の原子炉OK-900型は度重なる事故に見舞われ、より高い安全性と出力を備えた新たな原子力砕氷船の開発が急務となりました。

こうした背景のもと、1971年7月3日にレニングラード（現在のサンクトペテルブルク）のバルチック造船所で1番船「アルクティカ」が起工されました。厳格な試験を経て、1975年12月17日に正式に就役を果たしました。

設計特性

船体構造

アルクティカ級の船体は、強靭な高張力鋼（52kg/mm²）を用いた横肋骨式の構造を採用しています。特に氷との接触が激しい船首部分の耐氷外板は厚さ36mmにも達します。船体の表面には、氷摩擦を軽減するイナータ160エポキシ樹脂が塗布され、さらに腐食を防ぐためのルーガー1陰極防食も施されています。この強固な構造により、本級は3ノットの速力で2.3m厚の氷を連続的に砕いて進む能力を持っています。

改良とバリエーション

3番船「ロシア」以降の船体には、「アルクティカ」の北極点航海で得られた知見が反映されています。スクリュープロペラの形状が改良され、氷の抵抗を減らすための気泡発生装置が船首に装備されました。また、ポリマー塗装と減揺タンクの併用により、砕氷時の安定性が向上しています。居住区は振動や騒音の影響を受けにくい上部構造物に移され、衛星放送アンテナに対応するためマスト形状も変更されました。

さらに、最終船である6番船「50リェート・パベードゥイ」は、船首形状の変更、外板へのステンレス・クラッド鋼の採用、そして全体的な船体サイズの拡大が図られています。これらの改良点により、1・2番船、3-5番船、そして6番船では、それぞれ細部諸元が異なります。

主機（原子炉）

本級の心臓部である主機は、OK-900A原子炉を2基搭載しています。これは、「レーニン」の事故後に改良されたOK-900型の発展型で、一次冷却系の簡略化や機器の小型化により、安全性と整備性が向上しています。各原子炉には濃縮ウランを詰めた245本の燃料棒が装填され、満載時500kgの核燃料は最大5年間の連続運転を可能にします。原子炉区画は鋼鉄、高密度コンクリート、水によって厳重に囲まれ、制御棒の急速挿入により0.6秒以内に核反応を緊急停止できる設計となっています。船内には居住区を含む86箇所に放射能センサーが配置されています。なお、原子炉の冷却には北極圏の低温海水を使用することが前提となっており、このため北極圏外での運用は想定されていません。

原子炉で発生した熱は8基の熱交換器を経て、4基のボイラーで蒸気を生成します。この蒸気で2基の蒸気タービンを回転させ、それぞれ3基ずつ、合計6基の発電機を駆動します。発電機は合計55.30メガワットの電力を供給し、これにより3基の電動機を動かして各2万5,000馬力、合計7万5,000馬力の推進力を得ます。

装備

船体後部にはヘリポートと格納庫が設けられており、航路の偵察や人員・物資の空輸にMi-2やKa-32などのヘリコプターを1機搭載・運用できます。「50リェート・パベードゥイ」には観光用の熱気球も搭載されました。

船橋の両端には、極夜における航行を支援する強力な探照灯が2基装備されています。

初期の4隻（1番船「アルクティカ」から4番船「ソビエツキー・ソユーズ」）は、就役当初、軍事転用可能な3次元レーダーをマスト頂部に装備していましたが、これらは後に撤去されています。

兵装

1番船から4番船までの4隻は、試験航海時にAK-726 76mm連装両用砲と射撃管制レーダーを搭載し、有事には武装可能であることを示しました。しかし、「ソビエツキー・ソユーズ」以外の兵装は試験後に撤去されています。

運用実績

「アルクティカ」の就役は、北極海航路西部の航行期間を従来の3ヶ月から4〜5ヶ月に延長し、一部区間では通年航行を実現しました。また、航行時間の短縮にも寄与しています。本級は1975年から2007年にかけて合計6隻が建造され、当初はムルマンスク海運会社によって、2009年以降は原子力総合企業であるロスアトムの子会社アトムフロートによって運用されています。

各船の歴史

アルクティカ (Арктика)：1番船。1975年就役。「北極」の意。1977年には民間の船として初めて北極点に到達しました。一時期「レオニード・ブレジネフ」と改名されましたが後に戻されました。1992年以降は係船期間がありつつも、2008年まで運用されました。退役後もムルマンスクに係留され、博物館船化や解体の報道があります。

シビーリ (Сибирь)：2番船。1977年就役。「シベリア」の意。1992年に蒸気系統のトラブルで砕氷業務から外され、係船状態となりました。原子力発電所としての再利用案もありましたが実現せず、解体が進められています。

ロシア (Россия)：3番船。1985年就役。「ロシア」の意。船体に気泡発生装置などが導入された改良型です。2012年にはフィンランド湾で活動しました。2017年まで運用が延長されました。

ソビエツキー・ソユーズ (Советский Союз)：4番船。1989年就役。「ソビエト連邦」の意。起工時は「レオニード・ブレジネフ」でしたが、竣工前に改名されました。2018年まで運用が延長されました。

ヤマール (Яма́л)：5番船。1992年就役。当初は「オクチャブルスカヤ・レヴォルーツィア」（十月革命）の名で起工されましたが、ソ連崩壊後に「ヤマール」（ヤマル半島）に改名されました。航路啓開に加え、豪華客船として北極点クルーズに多数使用されました。船首に描かれたサメの歯が特徴です。船内には船客設備が充実しています。2019年まで運用が延長されました。

50リェート・パベードゥイ (50 лет Победы)：6番船。2007年就役。「勝利の50年」の意。当初「ウラル」の名で起工されましたが、経済低迷で建造が中断。対独戦勝記念日にちなんで改名されました。船首形状などが変更された最終改良型です。主に北極点観光クルーズに用いられています。2013年にはソチオリンピックの聖火を北極点まで運びました。

代替船 (LK-60級)

アルクティカ級の後継として、ロシアでは新たなLK-60級原子力砕氷船（第2世代アルクティカ級とも呼ばれる）の建造が進められています。これは北極海航路のさらなる発展を目指す国家プロジェクトの一環であり、3隻の建造が計画されています。最新鋭の小型モジュール炉RITM-200（2基）を搭載し、就役すればロシア最大かつ最も強力な砕氷船となります。

アルクティカ (2代)：LK-60Ya。2020年就役。
シビーリ (2代)：2021年就役。
* ウラル：2022年就役予定。

登場作品・切手

その象徴的な存在から、アニメ『勇者王ガオガイガー』に登場するなど、フィクション作品に影響を与えています。また、ソ連時代の科学技術力を示す存在として、そしてソ連崩壊後もロシアの北極圏開発のシンボルとして、度々記念切手のデザインに採用されています。

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