アルタリア (出版社)

アルタリア（Artaria & Co.）

18世紀後半から19世紀にかけて、ウィーンを拠点に活動したアルタリアは、ヨーロッパ有数の大手音楽出版社として知られています。その歴史は、1770年にカルロ・アルタリアがハプスブルク帝国の首都であったウィーンに、美術品と地図を扱う出版社を設立したことに始まります。創業当初は芸術や地理に関わる出版を手掛けていましたが、1778年には事業領域を音楽出版へと拡大しました。

音楽出版への進出後、アルタリアはオーストリアの偉大な作曲家、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンとの間で極めて重要な協力関係を築きました。ハイドンは生涯にわたる創作活動の中で、300を超える作品をアルタリアから出版しています。これらの作品には、当時大きな人気を博した「ロシア四重奏曲」を含む多くの弦楽四重奏曲が含まれていました。ハイドン作品の継続的な出版と、その高い芸術的・商業的価値は、アルタリアが18世紀後半のヨーロッパ音楽出版界において、主導的な地位を確立する上で決定的な役割を果たしました。この成功を基盤として、アルタリアはルイジ・ボッケリーニやヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトといった、他の重要な古典派作曲家たちの楽譜出版権も獲得していきました。

特にモーツァルトにとっては、生前における主要な出版社の一つでありましたが、その死後はドイツの出版社ブライトコプフ・ウント・ヘルテルにその地位を譲ることとなります。また、1793年以降はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの初期の作品も複数手掛けました。しかし、ベートーヴェンの弦楽五重奏曲 作品29の出版権を巡っては激しい対立が生じ、1803年から1805年にかけては法廷闘争にまで発展し、両者の関係は一時的に途絶えました。にもかかわらず、後に再び関係が回復したのか、1819年にはピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」を出版しています。さらに、カルロの甥にあたるマティアス・アルタリア（1793年 - 1835年）は、ベートーヴェンの晩年の傑作である「大フーガ」を1827年に出版しています。

アルタリアと作曲家たち、特にベートーヴェンとの間に生じた出版権を巡る係争は、初期の著作権制度が形成されていく過程に光を当てる出来事でもありました。作品の所有権、版に対する著作権使用料、そして楽譜の不正コピー（剽窃）に関する懸念について、アルタリアと顧客である作曲家たちの間で交わされた膨大な量の書簡が現存しており、当時の出版慣行や著作権を巡る状況を知る貴重な資料となっています。これは、現代につながる著作権制度の萌芽期における、出版社の役割や課題を示す事例といえるでしょう。

19世紀に入っても、アルタリアは主要な音楽出版社としての活動を継続しました。しかし、20世紀に入ると音楽出版事業からは徐々に撤退していきます。同社の図版作成部門は1920年にフライターク・ウント・ベルントによって買収され、アルタリア出版社としては1932年に正式に解散しました。創業当初からの美術品取引事業は、その後も長く続けられましたが、こちらも最終的に2012年に終焉を迎えています。アルタリアの歴史は、18世紀後半から19世紀にかけてのウィーンにおける音楽文化の隆盛、楽譜出版ビジネスの発展、そして著作権という概念が形作られていく重要な時代と深く結びついています。

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