アルテュール・グリュミオー

ベルギーが生んだ20世紀を代表するヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオー（Arthur Grumiaux, 1921年 3月21日 - 1986年 10月16日）は、その非凡な才能と「奇跡」と評されるほど美しい音色、そして完璧なまでの正確なイントネーションで世界中の聴衆を魅了しました。彼はヴァイオリニストとしての活動の傍ら、ピアニストとしても録音を残しています。

生い立ちと教育

エノー州の小さな村、ヴィレ＝ペルヴァンで労働者階級の家庭に生まれたグリュミオーですが、市民楽団でヴァイオリンを弾いていた祖父の熱心な勧めに従い、わずか3歳で楽器に触れ始めました。その早熟な才能はすぐに認められ、通常より早い6歳でシャルルロワ音楽学校に入学を許され、ヴァイオリンとピアノの基礎を学びます。さらに11歳からは、ブリュッセル王立音楽院でヴァイオリンを専攻。後の研鑽のためにパリへ留学し、名匠ジョルジュ・エネスコの指導を受けました。エネスコはメニューインやリパッティなども育てた高名な音楽家であり、グリュミオーの音楽家としての礎を築く上で重要な存在となります。

演奏活動の始まりと困難な時代

グリュミオーの演奏家としての本格的なデビューは、18歳または19歳であった1940年、ブリュッセル交響楽団との共演によるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲として広く記憶されています（14歳でのブリュッセルデビューとする資料もあります）。しかし、彼の活動はすぐに大きな困難に直面します。第二次世界大戦中、彼はナチス・ドイツへの協力を拒否したため、公の場での演奏機会は著しく制限されました。それでも彼は静かに研鑽を続け、戦後の復興期を待ちました。

1945年にはロンドンでのデビューを果たし、国際的なキャリアへの第一歩を踏み出します。そして、1949年からは母校であるブリュッセル王立音楽院でヴァイオリン科の教授として後進の指導にあたりました。

ソリストとしての輝きと喪失

戦後、グリュミオーのソリストとしての名声は急速に高まります。特に、名ピアニストであるクララ・ハスキルとのパートナーシップは伝説的であり、モーツァルトをはじめとする多くの作品で息の合った素晴らしい演奏を披露しました。しかし、この理想的な共演関係は、1960年のハスキルの突然の訃報によって断たれてしまいます。敬愛するパートナーの死は、グリュミオーに深い悲しみと虚脱感をもたらし、その後の活動にも影響を与えたと言われています。

音楽的特徴と幅広いレパートリー

グリュミオーのヴァイオリン演奏は、その音色の美しさによって特に高く評価されています。艶やかで輝きがありながらも、どこか憂いを帯びたその響きは、「奇跡の音色」と称賛されました。また、瑞々しい抒情性と、常に失われることのない気高い品格も彼の演奏の大きな特色です。特に、そのヴィブラートはヴァイオリン演奏史上最も美しいとまで言われています。

彼のレパートリーは驚くほど幅広く、バッハやヴィヴァルディといったバロック時代の作品から、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスといった古典派・ロマン派の主要な協奏曲やソナタ、ヴィオッティやパガニーニの技巧的な協奏曲、さらにフランクやフォーレといった近代のフランス作品、ベルギーのヴュータン、そしてベルクやストラヴィンスキーのような20世紀の音楽まで、多岐にわたります。これらの多様な作品全てにおいて、グリュミオーは自身の持つ独特の美学と技術をもって向き合いました。

その他の功績

グリュミオーはヴァイオリニストとしてだけでなく、ピアニストとしても活動し、多重録音を用いたモーツァルトのヴァイオリンソナタ全集や、ブラームスのヴァイオリンソナタ第2番などの録音を残しています。また、長らく失われていたパガニーニのヴァイオリン協奏曲第4番を1954年に復活初演し、自身でカデンツァを作曲・演奏したことは、音楽史における重要な功績の一つです。彼の指導を受けた著名な弟子には、ヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイなどがいます。

晩年と遺産

グリュミオーの音楽界への多大な貢献は、国家にも認められました。1973年にはベルギー国王ボードゥアン1世によって男爵に叙せられ、その栄誉を称えられました。晩年は持病の糖尿病に苦しみながらも、音楽院での指導を続けましたが、1986年 10月16日、ブリュッセルにて心臓発作により惜しまれつつその生涯を閉じました。

彼は数々の名器を使用しましたが、特に有名なものには、1744年製グァルネリ・デル・ジェスの「Rose」、1715年製と1727年製のストラディヴァリウス（それぞれ「ティティアン」、「エクス＝ジェネラル・デュポン」）、そして彼の使用で知られるようになった1866年製ジャン＝バティスト・ヴィヨームなどがあります。肩当てについても、ドイツのGEWA社製Modell llを愛用していました。

アルテュール・グリュミオーの名前は、彼の素晴らしい録音を通じて現代にも語り継がれており、その功績を記念して[小惑星]が「グリュミオー」と命名されています。彼は、比類なき音色の美しさと品格をもって、ヴァイオリン芸術の新たな高みを示した巨匠として、今後も記憶され続けるでしょう。

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