アルハンブラの思い出

『アルハンブラの思い出』は、スペインが生んだ偉大な作曲家でありギタリスト、フランシスコ・タレガの手によるギター独奏のための性格的小品です。1896年に作曲されました。その原題はスペイン語で Recuerdos de la Alhambra といい、日本では『アランブラの思い出』と表記されることもあります。

この曲を特徴づけているのは、高度な演奏技術であるトレモロ奏法が効果的に用いられている点です。具体的には、右手の薬指、中指、人差し指が連続して同じ弦を素早く弾き、なめらかなメロディラインを生み出します。同時に親指は低音のバス声部や伴奏となる分散和音を奏で、豊かな響きを加えています。この技巧的なトレモロによって表現される、水面に映る光のようなきらめきや、連綿と続く歴史の響きが、作品に独特の奥行きを与えています。

クラシックギターの世界において、『アルハンブラの思い出』はトレモロを用いた作品の中でも特に高い知名度を誇ります。パラグアイの作曲家アグスティン・バリオス・マンゴレが作曲した『最後のトレモロ』や『森に夢見る』といった傑作と並び称されるだけでなく、スペインの雰囲気をたたえたギター曲の中では最も広く愛される一曲と言えるでしょう。その叙情的でどこか哀愁を帯びた旋律は、多くの聴衆の心を捉えて離しません。

曲名にある『アルハンブラ』は、スペインの古都グラナダにある壮麗な宮殿群、アルハンブラ宮殿を指しています。タレガ自身がこの地を訪れ、その建築美や歴史への深い感銘からインスピレーションを得て作曲したとされています。トレモロによる流れるようなメロディは、宮殿内の水のきらめきや、アラベスク模様の繊細さを連想させ、聴く者をアンダルシアの幻想的な世界へと誘います。この情景描写ともいえる音楽性が、作品の大きな魅力となっています。

この作品は、その美しい旋律と優れた音楽性から、映像やメディアの分野でもしばしば使用されてきました。例えば、かつてTBSラジオなどで長年放送されていた人気番組『永六輔の誰かとどこかで』では、金曜日のコーナー「七円の唄」の背景音楽として親しまれていました。また、1970年代には東海テレビ放送がその日の放送終了を告げるクロージング映像にこの曲を採用していました。

さらに、アカデミー賞を受賞した映画『キリング・フィールド』では、エンドロールにこの曲が使用されました。特に、マイク・オールドフィールドによる、民族楽器を取り入れた独特の編曲版『Étude』は印象に残るでしょう。スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画『思い出のマーニー』（2014年公開）でも、重要な挿入歌として登場します。主人公・佐々木杏奈が幼い頃に祖母から聴かされたハミングのメロディが、この曲であったことが物語の核心に迫る鍵となります。映画のための編曲は村松崇継氏が手掛けています。

近年では、韓国tvNで放送された人気ドラマ『アルハンブラ宮殿の思い出』（2018年-2019年）のタイトルそのものがこの曲に由来し、劇中の重要なシーンの背景音楽としても効果的に使用され、作品の世界観を彩りました。

このように、『アルハンブラの思い出』はクラシックギターのレパートリーとしてだけでなく、時代や国境を超えて多くの人々に愛され続けている、フランシスコ・タレガの代表作と言えるでしょう。その繊細かつ情熱的な響きは、これからも多くの聴衆を魅了し続けるに違いありません。

もう一度検索