アレキサンダー・アラン・シャンド

アレキサンダー・アラン・シャンド（1844年 2月11日 - 1930年4月12日）は、スコットランド出身の銀行家で、明治時代に日本政府の「お雇い外国人」として招かれました。日本近代金融制度の基盤確立に貢献し、特に銀行簿記や銀行実務の分野で重要な役割を果たした人物として知られています。

生涯

来日まで

シャンドの日本への来日以前の経歴には不明な点が多いものの、1844年にスコットランドのアバディーンシャーで生まれました。外科医の父を持つ名家の出身とされています。具体的な学歴や職歴は定かではありませんが、おそらく10代から銀行で実務経験を積んだと考えられています。

1866年には、チャータード・マーカンタイル銀行横浜支店の副支店長として勤務していました。この時期、後に日本の総理大臣となる若き高橋是清が、英語学習のために同行でボーイとして働き、一時的にシャンドの身の回りの世話をしていたという記録が残っています。

お雇い外国人として日本へ

明治政府は1872年（明治5年）に国立銀行条例を公布し、近代的な銀行制度を整備する必要に迫られていました。特に、国立銀行の設立と、その会計処理の統一基準となる銀行簿記制度の確立が急務でした。そこで、欧米の銀行実務に精通していたシャンドに白羽の矢が立ち、同年7月に大蔵省紙幣寮の附属書記官として日本政府に雇用されることになります。

日本での最大の功績の一つが、1873年（明治6年）12月に刊行された『銀行簿記精法』です。この書はシャンドが英語で原稿を執筆し、大蔵省内で日本語に翻訳されたもので、日本で初めての本格的な複式簿記の解説書として、日本の銀行界に多大な影響を与えました。同書の執筆と並行して、シャンドは創立間もない第一国立銀行にも招かれ、銀行簿記や会計技術の指導にあたりました。同行の総監であった渋沢栄一もまた、シャンドから直接銀行実務の教えを受けたとされています。

しかし、同年8月、シャンドは避暑地であった箱根で長男を急逝させるという悲劇に見舞われ、自身も体調を崩してしまいます。このため、同年10月には一時帰国を余儀なくされました。翌1874年（明治7年）10月に再び来日し、紙幣寮外国書記官兼顧問長として職務に復帰します。

1874年11月に発生した小野組の経営破綻は、主要な取引先であった第一国立銀行に経営危機をもたらしました。この事態を受け、大蔵省は国立銀行の会計監査の必要性を痛感します。翌1875年（明治8年）、シャンドは第一国立銀行への検査官として派遣され、日本で初めての銀行検査を実施しました。渋沢栄一はこの時の検査について、後に「大変利益があったと思う、成程あゝ云ふ覚悟でなければ銀行者はいけない」と振り返り、その厳格さが銀行経営者のあるべき姿勢を学ぶ上で非常に有益であったと評価しています。

1877年（明治10年）2月、シャンドは大蔵省を退職し、日本を離れ帰国しました。退職の理由は、同年1月の紙幣寮改革による解職や、西南戦争に伴う経費節減のための解雇など、いくつかの説があります。

帰国後の活動

帰国したシャンドは、1878年（明治11年）にロンドンのアライアンス銀行に入行しました。後に同行はパース銀行に吸収合併され、シャンドは1902年（明治35年）にはパース銀行ロンドン支店の支店長に就任します。

帰国後も日本との関わりは続きました。1898年（明治31年）、日露戦争の戦費調達のため渡英した高橋是清は、旧知のシャンドを訪ね、外債募集の可能性について助言を求めました。シャンドは是清に金融関係者を紹介するなど協力を惜しみませんでした。日露戦争が勃発した1904年（明治37年）、再び外債募集のために渡英した是清に対し、シャンドはパース銀行の幹部を説得し、同行から多額の外債引き受けを実現させます。さらに、シャンドの仲介により、アメリカのクーン・ローブ商会を率いるユダヤ系銀行家ジェイコブ・シフが外債引き受けに強い関心を示し、最終的に起債総額の半分を引き受けるという歴史的な貢献をしました。

シャンドは1908年（明治41年）にパース銀行ロンドン支店長を退任しましたが、1918年（大正7年）に同行がウェストミンスター銀行に合併されるまで取締役を務めました。パース銀行を退いた後は、チャッドリーという地で隠遁生活を送ったとされています。

1930年4月12日、パークストーンにて86歳でその生涯を閉じました。彼の墓はブルックウッドの墓地にあります。シャンドの訃報は日本にも伝わり、渋沢栄一や高橋是清らは丁重な弔辞を送って故人を偲びました。2008年（平成20年）には、箱根町の萬福寺境内に、長男が埋葬された場所に隣接してシャンドの顕彰碑が建立され、その功績が今に伝えられています。

日本からの栄典

日本での貢献に対し、シャンドは複数の勲章を授与されています。

1902年（明治35年）2月：勲四等旭日小綬章
1904年（明治37年）7月：勲三等瑞宝章
1906年（明治39年）3月：勲三等旭日中綬章（日露戦争における外債募集への貢献による）
1908年（明治41年）12月：勲二等瑞宝章

主な著作

日本における銀行実務の発展に貢献した著作として以下があります。

『銀行簿記精法』（全5巻）芳川顕正督纂、海老原済・梅浦精一訳、大蔵省、1873年12月
『銀行大意』藤田静・田中元三郎訳、大蔵省、1877年
* 「日本国立銀行事務取扱方」『銀行雑誌』、大蔵省、1877年2月 - 1878年9月（連載）

アレキサンダー・アラン・シャンドは、明治日本の揺籃期において、近代的な銀行制度と会計システムを導入・確立する上で不可欠な役割を果たしました。その専門知識と指導は、日本の産業発展を支える金融基盤の構築に大きく貢献し、後世に多大な影響を残しました。また、日露戦争時の外債募集における支援は、日本の国際的信用を高め、戦勝に繋がる重要な側面支援となりました。彼の功績は、日本近代史におけるお雇い外国人の貢献を知る上で重要な一例と言えます。

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