アレクサンドリアの聖カタリナとしての自画像

アルテミジア・ジェンティレスキの自画像：聖カタリナの姿を通して

『アレクサンドリアの聖カタリナとしての自画像』は、イタリアのバロック期を代表する女性画家アルテミジア・ジェンティレスキが1615年から1617年にかけて制作した油彩作品です。この作品は、キリスト教の聖人であるアレクサンドリアの聖カタリナの姿を借りて、彼女自身の姿を描いた自画像であり、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

聖カタリナの物語とアルテミジアの境遇

聖カタリナは、4世紀にアレクサンドリアで生まれたとされる、学識豊かな王女でした。彼女はローマ皇帝マクセンティウスが招いた学者たちとの論争で見事に打ち負かし、激怒した皇帝によって投獄されます。しかし、彼女は信仰を捨てず、拷問にかけられ、最終的には断首されました。また、彼女はキリストとの神秘的な結婚伝説でも知られています。

アルテミジアがこの自画像を描いた背景には、1612年に彼女が受けたレイプ事件と、その後の裁判での苦悩がありました。この事件は彼女に深い心の傷を残し、彼女の作品にも大きな影響を与えました。女性殉教者を描くことは、彼女自身の苦悩と信仰を結びつける行為だったのかもしれません。

作品の詳細

この作品では、聖カタリナは無地の背景に四分の三正面像で描かれています。彼女は頭に王冠をかぶり、その上にターバンを巻いています。左手には、破壊された鋭い金属製のスパイクがついた車輪を持ち、右手の親指と人差し指でナツメヤシの葉を胸に当てています。車輪は彼女が処刑される前に使用された拷問の道具であり、ナツメヤシの葉は殉教の象徴です。彼女の身体は車輪の方に向いていますが、頭だけは鑑賞者を見つめています。

右からの強い光が、車輪の金属製のスパイク、伸ばした腕、首、肩の白い肌を明るく照らしています。対照的に、車輪の内側やドレスの陰影は暗く、画面右の暗闇が聖カタリナの白い肌とターバンの明るさを際立たせています。この劇的な照明は、カラヴァッジョの影響を示唆しています。

聖カタリナは、近距離から等身大で描かれています。狭い画面に収められた構図は、彼女の毅然とした表情や力強い腕に鑑賞者の注意を集中させます。彼女の顔の特徴、首の回転、ポーズは、彼女の自画像『リュート奏者としての自画像』に似ており、また、ウフィツィ美術館所蔵の『アレクサンドリアの聖カタリナ』とも共通点があります。

聖カタリナの王冠は、彼女が王族出身であることを示唆していますが、光輪とともに後から追加されたと考えられています。これは、彼女の自画像が最初に制作され、その後、聖女を描くために修正された可能性を示唆しています。

アルテミジアの自画像と自己宣伝

アルテミジアは多くの自画像を制作しており、その中には17世紀の目録に記録されているものもあります。彼女はフィレンツェを訪れた際、自己宣伝のためにこれらの自画像を制作したと考えられています。特に彼女の作品には、強い女性像が多く描かれており、彼女自身が経験した強姦事件やその後の裁判といった背景から、自己を重ね合わせて解釈されることもあります。彼女が自らを精神的・肉体的苦痛を経験した聖女として表現することは、彼女自身による選択であったとも、また、後援者の要望であったとも考えられます。

作品の来歴

この自画像の制作経緯や来歴の多くは不明です。当初の所有者は不明であり、1940年代初頭にシャルル・マリー・ブードヴィルが息子に遺贈するまで、その所在は記録に残されていませんでした。その後、半世紀以上もの間、ブードヴィルの個人コレクションに保管されていました。

2017年12月19日、パリのオテル・ドルーオで競売にかけられ、当初の見積もり価格を大きく上回る240万ユーロで落札されました。購入したのはロンドンを拠点とする美術商ロビラント＋ヴォエナでした。

2018年7月、ロンドンのナショナル・ギャラリーは、アメリカン・フレンズ・グループからの寄付約270万ポンドを含む360万ポンドで購入したと発表しました。この購入は、1991年以来初めて女性画家の作品を入手した出来事であり、イギリス国内では数少ないアルテミジアの作品の一つとなりました。また、ナショナル・ギャラリーが所蔵する数少ない女性画家の作品の一つとなりました。

購入後、すぐに修復作業が行われ、現在ではより鮮明な状態で鑑賞することができます。

結び

『アレクサンドリアの聖カタリナとしての自画像』は、アルテミジア・ジェンティレスキの芸術的な才能と、彼女自身の苦悩が結びついた傑作です。彼女の力強い筆致と、聖カタリナを通して表現された内面の強さは、多くの鑑賞者の心を捉えて離しません。この作品は、女性画家の歴史においても重要な位置を占めており、その価値は今後も高まっていくでしょう。

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