アンギアーリの戦い (絵画)

アンギアーリの戦い：レオナルド・ダ・ヴィンチの幻の壁画

レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作として知られる『アンギアーリの戦い』は、1504年、フィレンツェ共和国からの依頼を受け、当時共和国の政庁舎であったヴェッキオ宮殿の五百人大広間（大会議室）に描かれた壁画です。

このプロジェクトは、ダ・ヴィンチと、当時『ダビデ像』を完成させたばかりのミケランジェロという、二人の巨匠が同時に、同じ部屋で、それぞれ異なる戦いを描いたという、他に類を見ないものです。ミケランジェロは『カスチーナの戦い』に取り組みましたが、教皇ユリウス2世の命でローマへ呼び戻されたため、未完に終わりました。

ダ・ヴィンチは、『アンギアーリの戦い』において、軍旗を巡る激しい戦闘や、馬の激突といった場面を描写したと伝えられています。ジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』では、その描写の素晴らしさが絶賛されています。この作品は、ダ・ヴィンチにとって『最後の晩餐』での経験を踏まえ、油絵を用いた大規模な壁画制作への挑戦でもありました。しかし、この挑戦は、残念ながら苦い結果に終わります。

ダ・ヴィンチは、油絵の特性を十分に理解できていなかったのか、あるいは、新しい技法を試みた結果、絵の具が壁面から流れ落ち、作品は大きく損傷してしまいました。修復を試みましたが、下半分しか救えず、上部は色合いが混ざり合ってしまい、完成には至りませんでした。

こうして、ダ・ヴィンチとミケランジェロの二つの未完成の壁画が、1512年頃まで五百人大広間に残されました。その間、ミケランジェロの作品は、バルトロメオ・バンディネッリによって損壊されましたが、『アンギアーリの戦い』は、その一部が後世にまで強い印象を与え続けました。

1555年から1572年にかけて、五百人大広間は改築・拡張されました。この改修工事の際、ダ・ヴィンチとミケランジェロ両者の壁画は、壁ごと撤去され、失われたと考えられていました。

しかし近年、この通説に疑問を呈する研究がなされています。マウリツィオ・セラチーニ教授は、ヴァザーリが五百人大広間に描いたフレスコ画『マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い』の裏に、『アンギアーリの戦い』が隠されている可能性を指摘しました。

ヴァザーリが描いたフレスコ画には、「CERCA TROVA」（「探せ、さすれば見つかる」）という文字が記されており、これがダ・ヴィンチの壁画の隠された場所を示唆しているというのです。セラチーニ教授は、ヴァザーリが師であるダ・ヴィンチの作品を故意に破壊したとは考えにくく、隠蔽した可能性が高いと推測しています。

教授の調査により、五百人大広間の東側の壁面が二重構造になっており、その間に『アンギアーリの戦い』を保護できるだけの空間があることが判明しました。2007年以降、イタリア文化省やフィレンツェ市議会は、教授による更なる調査を許可しています。

2011年には、実際に壁面に穴を開けて調査が行われ、ダ・ヴィンチの絵の具と思しき顔料が発見されました。現在も調査は続けられており、この幻の壁画の全貌が明らかになる日が待ち望まれています。ダ・ヴィンチの『アンギアーリの戦い』は、その存在自体が謎に満ちた、永遠の芸術的魅力を秘めた作品なのです。

なお、現在広く知られている『アンギアーリの戦い』の姿は、1603年にピーテル・パウル・ルーベンスが描いた模写によるものです。ルーベンスは、ダ・ヴィンチの壁画がすでに失われていたため、1558年のロレンツォ・ツァッキアによる版画を元に模写を描きました。

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