アンチコモンズの悲劇

アンチコモンズの悲劇：共有資源の過剰な私有化

アンチコモンズの悲劇は、共有されるべき財産が細分化され、個々の所有権が複雑に入り組むことで、社会にとって有益な資源の活用が阻害される状況を指します。この概念は、コモンズの悲劇から派生したもので、コモンズの悲劇が資源の過剰利用を問題とするのに対し、アンチコモンズの悲劇は資源の過少利用が社会に不利益をもたらすという点で対照的です。

知的財産権とアンチコモンズの悲劇

特に、知的財産権の分野においてアンチコモンズの悲劇は顕著に現れます。研究成果は、本来、国際会議での発表や論文投稿などを通じて公共財として共有され、研究分野の重複を避け、他者の研究を促進する役割を担うべきです。しかし、研究成果が特許などの知的財産権によって私有化されると、公共化された研究成果に基づく新たな研究は、先の研究成果に紐づく知的財産権の侵害を招く恐れがあります。

この結果、研究成果や技術の利用が制限され、社会全体の進歩が妨げられる可能性があります。そのため、社会は有用な研究成果の保護と、その利用促進とのバランスを常に考慮する必要があります。研究論文の引用は、先行研究の上に新たな知見を構築する上で不可欠ですが、過度に知的財産権が主張されると、研究活動自体が抑制されてしまう危険性があります。

知的財産権の複雑性と交渉コスト

知的財産権は、権利関係が複雑であることが多く、権利を行使するためには、煩雑な交渉が必要となる場合があります。この交渉には高いコストがかかり、効率性を著しく損なう可能性があります。これを解決する手段として、パテントプールを設立し、交渉コストの削減や特許侵害訴訟の回避を図る試みもあります。

事業者も、競争相手やパテント・トロールが保有する特許との抵触を恐れて、新規事業への参入を躊躇する傾向があります。また、事業者間での知財紛争に備えて、大量の特許を取得し、活用することなく保有することがあります。これらの死蔵された特許が、他の事業者の活動を阻害する要因となることもあります。

著作権と複雑な権利関係

著作物においても、複数の著作者や実演家が関与する場合、権利関係が複雑化し、著作物の利用が困難になるケースが見られます。音楽業界における原盤権のように、著作権とは異なる権利を擬制することで権利処理を容易にする例や、日本の著作権法における「映画の著作物」のように、立法によって権利関係を簡略化する例も存在します。

アンチコモンズの悲劇を回避するために

アンチコモンズの悲劇を回避するためには、知的財産権の適切な運用、権利の共有化、そして権利の行使に関する規制など、多角的なアプローチが必要です。オープンイノベーションの推進や、パブリックドメインの拡大なども有効な手段となり得ます。社会全体で知恵を絞り、知的財産権と公共の利益との調和を図ることが、イノベーションと社会の発展のために不可欠です。

まとめ

アンチコモンズの悲劇は、社会全体の発展を阻害する深刻な問題です。知的財産権の複雑な構造と、過度な権利の主張が、結果として社会全体の不利益につながることを認識し、より健全な知的財産権のあり方を模索していくことが重要です。



[参考文献]

Heller, M.A.,The Tragedy of the Anticommons, Harverd Law Review, 111:621-688

[関連項目]

コモンズの悲劇

もう一度検索