アンチ・オイディプス

1972年に哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリの共著として発表された『アンチ・オイディプス』は、壮大なプロジェクトである『資本主義と分裂症』シリーズの第1巻に位置づけられる重要な著作である。両者は1968年の五月革命を機に出会い、本書を皮切りに共同での執筆活動を開始した。それまで、ドゥルーズは西洋哲学の根幹をなす形而上学に対し批判的な立場を取り、ガタリは従来の精神医学の刷新を志向しており、それぞれの思想が本書において独自の形で融合している。

本書は、個人の無意識から社会、経済、歴史、人類学にまで及ぶ広範なテーマを横断的に論じている。その全体は、以下の全4部構成となっており、それぞれの部で多角的な視点から議論を展開する。

第1章 欲望機械
第2章 精神分析と家族主義 すなわち神聖家族
第3章 未開人、野蛮人、文明人
第4章 分裂分析への序章
* 補遺 欲望機械のための総括とプログラム

書名が端的に示す通り、本書の核となる議論の一つは、ジークムント・フロイトが提唱した精神分析におけるエディプスコンプレックス理論への徹底的な批判である。フロイトの理論では、人間の無意識における欲望は、子どもが成長して大人になる過程や、社会が未開状態から文明状態へと移行する過程において、「抑圧」されるべきもの、あるいは抑制される度合いが個人の成熟度や社会の文明度を測る基準と見なされてきた。この考え方に基づけば、欲望、あるいは無意識は、あたかも独立した「実体」のように捉えられ、家族という限定された社会的単位（エディプスコンプレックスの舞台）の中で、ある種の「欲望する機械」としてのみ許容される存在であった。このような欲望の実体視は、近代哲学においてルネ・デカルトやトマス・ホッブズらが人間の情念をある種の自己完結的な実体として捉えた伝統に根差している。

これに対し、ドゥルーズとガタリは、無意識の欲望概念を根本から問い直す。彼らは、欲望をそれ自体で存在する固定的な実体ではなく、多様な事物や事象との「関係性」の中で生成され、常に外部と接続して何かを「生産」し続ける「機械」であると定義する。この観点からすれば、エディプスコンプレックスは、フロイトの弟子であるジャック・ラカンが主張するように人間の内面に根源的に備わった普遍的な構造ではなく、特定の社会的な枠組み、特に資本主義社会において「発明」され、個人に植え付けられる抑圧の装置にすぎないと論じられる。

本書は、精神分析の領域に留まらず、社会構造、権力、資本主義といった巨大なシステムと人間の無意識のダイナミズムを結びつけ、「分裂分析」と名付けられた新たな探求へと読者を導く。欲望を抑圧されるべきものから生産的な力として捉え直す視点は、その後の思想界に大きな影響を与えた。その革新的な内容は、発表当時から大きな反響を呼び、現代思想に多大な影響を与え続けている。

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