アントニオ・マルテッリの肖像

アントニオ・マルテッリの肖像：カラヴァッジョが描くマルタ騎士団の騎士

『アントニオ・マルテッリの肖像』は、17世紀のイタリア・バロックを代表する画家、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョが1608年頃に描いた油彩作品です。別名『マルタの騎士の肖像』とも呼ばれます。長らく所在が不明でしたが、1966年にフィレンツェのパラティーナ美術館の倉庫で発見され、美術史家ミーナ・グレゴーリによってカラヴァッジョの真作と鑑定されました。現在では、その真筆性に疑いの余地はなく、パラティーナ美術館の重要な収蔵品となっています。

マルタ島での肖像画

この作品は、カラヴァッジョがマルタ島滞在中に描いた2点の肖像画のうちの1点です。もう1点は、『アロフ・ド・ヴィニャクールと小姓の肖像』で、こちらはルーヴル美術館に所蔵されています。

発見当初、グレゴーリはこの肖像画のモデルをアロフ・ド・ヴィニャクールであると考え、ルーヴル美術館にある肖像画の準備習作として未完成であると解釈しました。確かに、絵画全体は大胆な筆致で描かれており、手などは未完成に見える部分もあります。しかし、これはこの時期以降のカラヴァッジョの作品に共通する特徴でもあります。

モデルはアントニオ・マルテッリ？

1989年、メディチ家の財産目録（1666-1670年）に、作者名こそないものの、「胸にマルタ十字を伴うマルカントニオ（マルコ・アントニオ）・マルテッリのキャンバスに描かれた肖像」という記述が発見されました。このことから、この肖像画のモデルはマルタ騎士団のアントニオ・マルテッリではないかという説が有力になりました。

アントニオ・マルテッリはフィレンツェ出身で、1534年に生まれました。1558年にマルタ騎士団に入団し、マルタ包囲戦（1565年）で活躍した騎士団の主要メンバーでした。カラヴァッジョがマルタ島に滞在していた時期、マルテッリも島にいたことがわかっています。さらに、マルテッリは1608年11月1日にメッシーナのプリオーレ（支部長）に就任しており、同時期にカラヴァッジョもメッシーナに滞在していました。ただし、カラヴァッジョは事件を起こして騎士団の牢獄から脱走した後であったため、この肖像画はメッシーナではなくマルタ島で描かれたと推測されています。

肖像画の詳細

本作に描かれているマルテッリは、騎士団の最重要メンバーのみに許される大きなマルタ十字が縫い込まれた衣装を身に着けています。この衣装は普段着として着用されていたようです。彼は左手を鞘に入った剣の上に置き、右手でロザリオを握っています。当時、彼は74歳か75歳でしたが、資料には「卓越した健康状態にある」と記されているように、非常に元気であったことが伺えます。

X線調査の結果、画面にはわずかなペンティメンティ（描き直し）が確認されています。右奥に最初カーテンが描かれていたのが塗りつぶされ、右手の位置も少し下に描き直されたようです。

カラヴァッジョの卓越した描写力によって、マルタ騎士団の騎士としての威厳と、一人の人間としての深みが表現された傑作と言えるでしょう。

参考文献

石鍋真澄『カラヴァッジョ　ほんとうはどんな画家だったのか』、平凡社、2022年刊行 ISBN 978-4-582-65211-6
宮下規久郎『カラヴァッジョへの旅　天才画家の光と闇』、角川選書、2007年刊行 ISBN 978-4-04-703416-7

外部リンク

* Web Gallery of Artサイト、カラヴァッジョ『マルタの騎士の肖像』 (英語)

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