アントニー・バウチャー

アントニー・バウチャー（1911年8月21日 - 1968年4月29日、本名：ウィリアム・アントニー・パーカー・ホワイト）は、20世紀を代表するアメリカ合衆国のSF作家、編集者、そして推理小説評論家でした。H・H・ホームズというペンネームも使用した彼の多様な活動は、SFとミステリ両ジャンルの発展に多大なる貢献を果たしました。

カリフォルニア州オークランド生まれのバウチャーは、15歳の時、『ウィアード・テイルズ』誌に短編小説を発表して文壇デビュー。その後、南カリフォルニア大学卒業、カリフォルニア大学バークレー校で修士号取得と学問にも励みました。1937年には初の長編小説『ゴルゴタの七』を発表。作家としてのキャリアをスタートさせました。

しかし、彼の活動は執筆だけにとどまりませんでした。1947年までの5年間は、『サンフランシスコ・クロニクル』紙でSFと推理小説の書評家として活躍。その後は『ニューヨーク・タイムズ・ブック・レビュー』紙で長年「クリミナルズ・アト・ラージ」という推理小説の書評欄を担当し、その卓越した批評眼で知られました。この活動はのちに『The Anthony Boucher Chronicles』として書籍化されるほど高く評価されました。1946年には、アメリカ探偵作家クラブの創設にも参加。同年のミステリ批評でエドガー賞評論賞を受賞するなど、その功績は高く評価されています。

バウチャーの編集者としての活動も特筆すべきものです。1949年から1958年まで、J・フランシス・マッコーマスと共に『ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション』（F&SF）誌の編集者を務めました。文学的質の高い作品を重視した編集方針を打ち出し、同誌をSFおよびファンタジー文学の最高峰の一つへと押し上げました。その功績により、1957年と1958年にはヒューゴー賞プロ雑誌部門を共同で受賞しています。さらに『F&SFベスト』というアンソロジーシリーズも編集し、多くの読者に良質なSF作品を紹介しました。

作家としては、『アドベンチャー』『ブラック・マスク』『アスタウンディング』『ギャラクシー・サイエンス・フィクション』など、数々の著名な雑誌に短編小説を発表。その作品群は、現在も高い評価を得ており、代表作の一つである「The Quest for Saint Aquin」はアメリカSF作家協会が選出したSFオールタイムベストにも選ばれています。また、長編小説では、H・H・ホームズ名義の作品も発表しています。『密室の魔術師』は密室ミステリの名作として知られ、また『死体置場（モルグ）行ロケット』はスペースオペラを題材とした作品として人気を博しています。バウチャーの作品には、シスター・メアリー・アーシュラ、ファーガス・オブリーン、ニック・ノーブルといった個性的なシリーズキャラクターが登場し、読者に深い印象を与えました。

翻訳家としての顔も持ち合わせていました。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの代表作「八岐の園」の英訳を手がけ、その作品を英語圏に紹介した功績も大きいと言えるでしょう。また、ジョルジュ・シムノンの作品翻訳にも携わっています。

さらに、バウチャーはラジオドラマの脚本も執筆しており、シャーロック・ホームズのラジオドラマでは、その深い知識とキャラクターへの愛情が評価されています。フィリップ・K・ディックなど、多くの若いSF作家にとって友人であり、良き相談相手でもありました。

1968年4月29日、肺癌のためオークランドのカイザー財団病院で死去。しかし、彼の功績はミステリの世界大会「バウチャーコン」という形で現在も受け継がれ、彼の名と作品はこれからもSF・ミステリファンの間で語り継がれていくことでしょう。彼の多才さ、そして両ジャンルへの貢献は、現代のSF・ミステリ文学に大きな影響を与え続けているのです。

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