アヴェロワーニュの媾曳

クラーク・アシュトン・スミスが手掛けた短編ホラー小説で、幻想文学の専門誌『ウィアード・テールズ』1933年3月号に掲載されました。彼の作品群の中でも特に人気の高い「アヴェロワーニュ年代記」を構成する一編であり、陰鬱な怪奇とロマンティックな要素が融合した独特の雰囲気を湛えています。物語の舞台は、中世フランス、怪異が跋扈すると噂されるアヴェロワーニュ地方の森。この作品は、年代記の他の物語、例えば1281年の出来事を描く『イルゥルニュ城の巨像』と1369年の『アヴェロワーニュの獣』の間に位置すると考えられています。また、物語に登場する妖術師については、さらに200年以上前、ヴィヨンヌ大聖堂が完成した1138年頃にまで遡る伝説が語られます。

あらすじ

中世のアヴェロワーニュの森は、古くから人狼や小鬼、妖精や魔物、そして吸血鬼が出没する恐ろしい場所として知られていました。中でも悪名高かったのは、森の奥深くに住んでいたと言われる妖術師デュ・マリンボワとその妻。彼らは聖なる儀式を受けることなく葬られ、その墓からは身の毛もよだつような噂が絶えません。時が流れること200年以上、伝説は森に色濃く残っていました。

そんな中、聖堂都市ヴィヨンヌを訪れた若き吟遊詩人ジェラールは、裕福な織物商の娘フルレット・コシャンと出会い、たちまち恋に落ちます。フルレットの父親が留守にしたある日、二人はアヴェロワーニュの森で秘密の逢瀬を計画します。計画では、二人の使用人アンジェリクとラウールがフルレットを森へ連れ出し、巨大な樫の古木の下でジェラールとフルレットが落ち合い、その間使用人は気を利かせて離れることになっていました。森の不吉な噂はもちろん二人の耳にも入っていましたが、昼間であれば安全だろうと楽観視していました。

逢瀬の場所へ向かうジェラールは、護身用に森の毒蛇避けの迷信がある「長い四手の棒」を手にします。道中、彼は三人の男が若い女性を取り囲んでいる場面に出くわします。助けに入ろうと棒を振りかざしますが、それは空を切り、男たちも女性も忽然と姿を消しました。亡霊か妖術に惑わされたことを悟ったジェラールは、いつの間にか見慣れない場所へ迷い込んでいました。湖畔にそびえる城を目にし、妖術の根源だと感じて遠ざかろうとしますが、森の迷宮に囚われたように、何度さまよっても同じ城に戻ってきてしまいます。意を決したジェラールは、警戒しながらも城へと足を踏み入れます。

城の中では、城主デュ・マリンボワと名乗る長身の青白い男に迎え入れられます。驚くことに、ジェラールは食堂でフルレットと使用人たちの姿を見つけます。さらに、城主夫人のアガトが、森で見かけた謎の女性であることに気づきます。城の召使いたちは尋常ならざる速さで行き交い、その顔を見ることはできません。この時になって、ジェラールは200年以上前の邪悪な妖術師デュ・マリンボワ夫妻の噂を思い出し、自身たちが妖術によって記憶や感覚を麻痺させられていることを悟ります。食事会は、誰も言葉を発さない、陰鬱で不気味なものでした。

一行の寝室は男女別に分けられました。男部屋では、ジェラールとラウールがこの異常な状況を整理し、一人ずつ交代で見張りながら眠ることにします。手元にある武器は、短剣と、四手の棒の先端を削って即席で作った槍だけです。しかし、妖術による強い眠気と麻痺には抗えず、二人は意識を失ってしまいます。ジェラールが目を覚ましたとき、ラウールは顔色を失い、ひどく衰弱していました。ラウールの喉には小さな赤い傷があり、ジェラールは吸血鬼の仕業を疑います。フルレットたちの部屋へ行くと、下女のアンジェリクもまた衰弱し、同様の傷を負っていました。

だが、ジェラールは吸血鬼となったデュ・マリンボワ夫妻が血を吸って満腹となり、今は眠っているはずだと確信します。この隙こそが好機だと考えた彼は、行動を起こすことを決意します。衰弱したラウールを立たせて共に城内を探索するうち、ジェラールはこの城全体が妖術によって作り出された幻影ではないかと推測します。二人はある部屋で「大理石の墓」を発見し、力を合わせて墓石をどかすと、中にはデュ・マリンボワ夫妻が眠る二つの棺がありました。ジェラールは手製の槍を、デュ・マリンボウとアガト夫人の胸に力強く突き立てます。すると、吸血鬼となった夫妻の体は崩れ去り、同時に城も消え失せました。ジェラールとフルレット、そして衰弱した使用人たちは、いつの間にか森の中の、あのデュ・マリンボワ夫妻の墓のそばに立っていたのです。

主な登場人物

ジェラール・ド・ロートンヌ
宮廷恋愛詩を得意とする吟遊詩人。物語の語り手であり、森の地主であるラ・フレネ城に客人として滞在しています。
フルレット・コシャン
裕福な織物商の娘。ジェラールの恋人。森の迷信を恐れず、無鉄砲な一面を持っています。
アンジェリク
コシャン家に仕える下女。森にまつわる不気味な言い伝えを信じ、恐怖心を抱いています。
ラウール
コシャン家に仕える下男。アンジェリクと同様、森の迷信を強く恐れています。
ユーグ・デュ・マリンボワ
物語より200年以上前に生きたとされる、悪名高い妖術師。城主として現れた長身で青白い男も同じ名を名乗り、その正体は吸血鬼です。
アガト夫人
城主の妻。妖精のような美貌を持ちますが、死人のような青白さと血のような赤い唇が特徴的です。ユーグと共に吸血鬼として登場します。

収録情報

本作は、日本語訳では主に創元推理文庫から刊行されている『アヴェロワーニュ妖魅浪漫譚』（大瀧啓裕訳）に収録されています。また、原書では1988年にアーカムハウスより刊行されたスミスの短編集『A Rendezvous in Averoigne』の表題作にもなっています。

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